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水の科学
※本ページは『水浄化フォーラム』より転載しています。
<謝辞>
「水」の安全確保と環境保全に係る知識と技術を、「水の浄化」に関わる方への参考となるサイトとして『水浄化フォーラム』を執筆・編集・管理いただいている
環境技術学会 村上理事に心より感謝申し上げます。
人体・海水・地殻の構成元素
1.環境水のpH
1.1 海水のpH
1.2 地下水のpH
2.海水と地殻の構成元素
2.1 海水の主要化学成分
2.2 海水の構成元素
2.3 海洋の誕生と構成元素の変遷
3.人体の構成元素
3.1 人体の構成元素
3.2 人体と海水との比較
参考文献
地球の温度環境では、個体(氷)・液体(水)・気体(水蒸気)の3つの形態で存在し、太陽エネルギーにより、海水の蒸発、陸地への降雨、地表水・地下水の海へ流れによって循環している。また、海流(表・中・深・低の各層流)により地球規模で水は循環している。
一方で、水は、様々な物質を溶かしている。溶けた物質(溶質)はミクロ的には拡散、マクロ的には流動により、この溶質を移動・運搬している。また、水は、異なる溶質間の化学反応のみでなく、水と接する異なる相(気体・液体・個体)との界面での化学反応にも関与している。
生体内で化学反応を物質は、食塩や酵素、アルコールといった簡単な物質から、タンパク質や糖、核酸などの高分子まで様々である。これだけ多様な物質を溶かせる溶媒は水しかない。そして、多様な物質が水の中で、また、水との界面で様々な化学反応が起こり、生命活動が営まれている。
このような水の多様な働きを理解するため、ここでは原子・分子レベルで水の性質と特徴を見てみたい。
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水の基本性質
1.水の三態
(1)固体・液体・気体
一般に物質は、温度や圧力によって、個体・液体・気体の3つの状態をとる。固体は定まった体積と形を持つ。液体は定まった体積
を持つが、形は定まっていない。気体は体積も形も定まっていない。物質の状態は分子間相互作用によって区別されている。固体は
分子間の相互配置が定まっており、液体では近接分子は接触しているが相互配置は定まっていないのに対し、気体では分子はかなり
離れていて、分子間相互作用はそれぞれの運動にほとんど影響を及ぼしていない。
地球の地表環境では、水は個体・液体・気体の3つの状態で存在している。分子量の小さい他の物質に比べて、1気圧における水の融
点・沸点は極めて高い値であり、水の分子間相互作用が極めて大きいことを示している。
表1 物質の融点・沸点
(2)高温高圧水−超臨界水
水を密封容器に入れて、加熱すると、水の性質が著しく変化する。圧力が高くなると気体の密度が増加し、ついには液体と同じ密度
となり、気体と液体の境界が消失する。この状態を超臨界という。境界が消失する点を臨界点といい、純水では374℃、22MPaであ
る。
図2Bに示すように、200〜300℃付近では、水のイオン積が大きくなり、酸・アルカリの性質が強くなり、反応性の溶媒となる。
電解質をよく溶かしたり、イオン反応や加水分解反応を進行させる。
一方、超臨界水は誘電率・イオン積が小さく、有機溶媒の性質を示し、非極性有機物を溶かすようになり、反対に無機塩類などの電
解質は析出する。任意の割合で酸素と混合し、液中で燃焼が起こる。流動性が増し分子拡散速度も高くなり、溶けた物質の反応速度
が増加する。
図2A 水の状態図
図2B 各温度における水の誘電率とイオン積
2.水分子
(1)分子構造
気体の水分子はH2Oで示され、酸素原子に水素原子が2個結合している。
水素原子1Hの電子配置1s1、酸素原子8Oの電子配置は1s22s22p4であり、結合に関与する電子は水素1s1、酸素の外殻電子
2s22p4である。ここで、酸素の外殻原子軌道は混成軌道sp3を形成し、正四面体の各頂点方向へ展開している。この4つ頂点方向
の2つと水素原子s軌道がそれぞれの電子を共有して分子軌道を形成し、水分子が生成する。残る2つ頂点方向に展開している軌道に
は、それぞれ2つの電子がペアーを形成している。
理想的な正四面体の中心と2つ頂点を結ぶ角度は109°であるが、H-O-Hの角度は104.5°となっている。H-Oの原子間距離は0.96Å
で、O原子の半径1.4Å、H原子の半径1.2Åとなっている。
図3 酸素と水素の原子軌道から水分子の分子軌道の生成
(2)極性分子
水分子を構成する酸素原子と水素原子は、2つの電子を共有しているが、電子を引き付ける力(電子親和力)は酸素原子が大きい。
このため、共有電子は、酸素原子の電子密度が高く、水素原子の電子密度が低くなって、酸素原子は電気的にマイナス、水素原子は
プラスとなっている。直線分子であれば極性を示さないが、水分子は極性を有することなる。
図4 水分子の分極
(3)水素結合
窒素7N、酸素8Oやフッ素9Fの核外電子配置は、それぞれ2s2p3、 2s22p4、 2s22p5であり、水素との化合物NH3、
H2O、HFには、結合に関与していない電子対はそれぞれ1対、2対、3対ある。これらの各原子の電子対の一つは、分子同士が接近
すると他分子の水素原子を介して弱い結合ができる。例えば、H3N・・H-O-H、H2O・・H-O-H、HF・・H-O-H、H3N・・H-
NH2、H-F・・H-Fなど(-:共有結合、・・:水素結合)。
水素結合エネルギーは数〜数10kJ/molで、共有結合エネルギーは数100kJ/molで、気体状態では、分子の運動エネルギーが大きく
分子間を結びつけることはないが、分子が集合した状態(液体や固体)では周りの分子に拘束され、水素結合が大きな役割を果たす
こととなる。水素結合は静電力と異なり立体的な方向性を有しており、分子間に隙間をつくっている。
図5 水分子の水素結合
3.水の構造
(1)氷の構造
氷は、水の結晶であり、水分子が水素結合で結びつきながら3次元的に周期的に並んだものである。しかし、氷の結晶構造には、温
度・圧力によって様々な種類がある。冷蔵庫(大気圧、約0.1Mpa)できる通常の氷はⅠ相(Ih)であるが、1世紀以前、高圧下
(GPaで示され、大気圧の10,000倍レベル) ではⅡ相とⅢ相であることが発見された。その後、実験・観測技術の進展により、
現在では10数種類(Ⅰ、Ⅱ、・・・、X?)もの異なる結晶構造が見つかっている。
これらの結晶で共通していることは、図5に示すように、①一つの水分子を四面体の中心におくと、隣の水分子はその四面体の頂点
にあり、②中心の水分子から頂点の水分子は4本の水素結合で結ばれている。③4本の水素結合のうち2つが中心の水分子に配位し、
2つが頂点に位置する酸素に配位している。
この条件を満たす組み合わせは何通りもあり、この水素配置の自由度が、氷の結晶構造の種類の多さのもととなっている。氷の多形
とは、水素の配置がランダムな「無秩序相」と、ある特定の配置を持つ「秩序相」(例えば、図5の水素原子2と3が中心酸素と共
有結合し、この基本構造が周期的に並んでいる相→強誘電体)とがあり、現在までのところ、このいずれかに分類できる。これまで
氷の各相は、無秩序相⇔秩序相が1対1で対応するペアとして認識されていたが、部分秩序相という第三の状態の存在が明らかとな
り、複数の秩序相が存在可能でることが示唆された。このことから、今後、氷の多形の数がさらに増えていくことが予想されてい
る。(引用:https://www.jaea.go.jp/02/press2016/p16070401/index.html)
(2)水の構造
液体の水は、水分子が3次元的に規則正しく並んだ構造の一部が壊れ、水分子間の平均距離が縮まっている。
マクロ的には氷の結晶構造を持ちながら、ミクロ的には柔軟な構造へ変化することである。この性質により物質を溶かしたり、溶質
間の化学反応、さらには個体・液体を問わず異なる他相との界面においても様々な相互作用や化学反応に関係している。
水の基本性質
水の三態
水の分子
水の構造
水と溶質
1.電解質
(1)水和
電解質は水に溶けて水溶液となる。
イオン結晶を壊してばらばらの自由イオンにするには100〜1000kJ/molのエネルギー(⊿Gaq)を必要とする。一方で、水分子は
分極しており、イオンと水分子との静電的相互作用により、イオンを囲んで水分子が配向して安定化し、水和イオンとなる。水和に
は水構造を壊して水分子が配向するためのエネルギーも必要となる。
電解質が水に溶解するとき、発熱するものと吸熱するものがある。自由エネルギーは、エンタルピー⊿Hとエントロピー⊿Sで示さ
れ、次式で表される。
⊿G = ⊿H – T⊿S
⊿Hが負のとき発熱し、正のとき吸熱となる。発熱・吸熱に関わらず⊿H < T⊿Sのときには、⊿Gは負となり溶解反応が起こる。自由
イオンが水和するとき、その水和エネルギーは、ほぼz2/r(電荷の2乗/イオン半径)に比例する。すなわちこの数値が大きいほど強
く水和して安定化する。
また、電解質が水に溶けると正負のイオンに解離し、電解質溶液は導電性となる。水和の程度が大きいほど移動のときの抵抗が大き
くなり、その水和イオンの移動速度が小さくなる。
図1 水和イオンと水構造のモデル
Ⅰ:水和した水分子層、Ⅱ:ⅠとⅢの中間層、Ⅲ:氷に似た構造化水相
図2 電解質(結晶)が溶解するときの自由エネルギー変化
表1 イオンの水和エネルギー -ΔG と極限モル伝導率 Λ∞
表2 水溶液中における無機イオンの有効イオン半径(25℃)
(2)配位水
d軌道やf軌道を有する遷移金属は、配位子が接近すると縮退しているd軌道やf軌道が分裂し、低スピン型では低準位の軌道に電子が
配置されて安定化する(配位子場安定化エネルギー)。遷移金属イオンに対して水分子が配位子として働き、[M(OH2)n]z+(aq)と
して安定化する。
例えば、塩化コバルト(Ⅱ)には、無水塩(青色)をはじめ、数種の水和塩が存在し、安定な六水和塩は単斜晶(桃色)である。塩
化コバルト(Ⅱ)無水塩の水溶液と塩化コバルト(Ⅱ)六水和塩の結晶の吸収曲線は一致している。このことから、コバルト(Ⅱ)
イオンは水溶液中では水和塩結晶と同じように6個の水分子で正八面体形に囲まれていることを示している。この電解質の水溶液は桃
色であるが、塩酸を加えていくと桃色から青色へ変化することはよく知られている。
コバルト(Ⅱ)の外殻電子は3d7であり、6個の水分子が配位することで、d軌道はdε(dxy、dyz、dzx)とdγ(dx2-y2、dz2)
に分裂し、 外殻電子がdε5dγ2(正八面体形、高スピン型)に配置されてコバルト(Ⅱ)錯体が安定化する。[CoCl4]2-(aq)の電子
配置はdγ4dε3(正四面体形、高スピン型)となる。[F.A. Cotton and G. Wilkinson: Advanced Inorganic Chemistry,
p.565, p.881, John Wiley & Sons(1972)]
[Co(OH2)6]Cl2(s) ⇔ [Co(OH2)6]2+(aq) ⇔ [CoCl4]2-(aq)
図3 [Co(OH2)6]2+錯イオンの構造(赤球:Co2+、青球:O、茶球:H)
2.非電解質
(1)小さい分子
非電解質にはファンデルワールス力が働き、メタンやエタンなどの低分子の物質は水構造の隙間に入り込んで水に溶け込む。しか
し、電解質に比べ、溶ける量は極めて少ない。
(2)大きな分子や粒子
親水基と疎水基を有する大きな分子は、疎水部分を内側に畳み込み親水部分を水と接触させて、水に溶け込む。パンパク質・DNAな
どの生体高分子が水に溶け込む例が代表的なものである。また、親水基と親油基を有する界面剤は、親油基を油粒相へ親水基を水相
へ向けてミセルを形成し、油粒を水相へ分散させる。
図4 油粒のミセル
水と溶質
電解質
非電解質
水と生体物質
1.生体を構成する基本分子
生体を構成する基本分子はアミノ酸、核酸、糖などで、これらの分子には、アミノ基−NH2、カルボキシル基−COOH、ヒドロキシ
ル基−OHなどの親水基を有し、プロトン受容体・供与体としてイオン化したり、また、水素結合能力を有している。これらの分子群
は、疎水性分子と結合してより大きな生体分子を形成し、水との相互作用により様々な機能を発揮している。
2.水と生体高分子の3次元構造
(1)遺伝子
DNAの長い鎖は、糖とリン酸が交互につながってできている。糖とリン酸は親水性、塩基が疎水性なので、水中では糖とリン酸が外
側、塩基が内側に向くようにして、2つの鎖が絡み合い、水素結合により2つの塩基がつながっている。外側に露出した糖やリン酸
は水和して二重らせん構造を安定に保っている。乾燥すると、二重らせん構造は失われてしまう。
(2)タンパク質
アミノ酸には親水性と疎水性のものがある。水の中では、疎水性のアミノ酸同士が集まろうとする疎水性相互作用が働き、疎水基を
内側にたたみ込むようにして曲がる。タンパク質内部からは水が排除され、結晶と同じくらいに密に原子がパッキングされている。
タンパク質の表面は親水基の多くが並び水分子と水素結合して立体構造を保つとともに、生物機能を果たすための種々の官能基が適
切に配置されている。
3.水と細胞膜
細胞の表面を覆う膜は、リン脂質の2つの層(リン脂質2重層)から構成されている。このため、酸素や二酸化炭素などのガス体や
脂溶性の物質は細胞膜を自由に通過できるが、水や電解質(Na+、K+、Ca2+等のイオン)のような水溶性の物質はほとんど透過
できない。このように、細胞膜は生命維持に不可欠な電解質や栄養素(グルコースやアミノ酸等)の取込みや代謝産物の放出を制御
している。
リン脂質2重層の中には特殊なタンパク質(図2)がさまざまな形ではめ込まれており、それぞれ特有の機能をもっている。このよ
うなタンパク質には、特殊な化学反応にかかわる酵素、情報の伝達にかかわる化学伝達物質やホルモンなどを受け取り、細胞内へ情
報を伝えるための受容体、水溶性物質、特に水や電解質が膜を移動するための極めて小さな孔(チャネル)、ある物質と結合するこ
とによって、細胞内外への物質輸送を担う担体、また細胞膜の外側に頭を突き出したタンパク質に糖質が付着した糖タンパク(糖と
タンパク質の結合体)等がある。また、糖タンパクは、血液型を決定したり、免疫系細胞では細菌やウイルス、毒素と結合する受容
体(レセプター)として働くなど、さまざまな役割を担っている。
水と生体物質
生体を構成する基本分子
水と生体高分子の3次元構造
水と細胞膜
人体・海水・地殻の構成元素
1.環境水のpH
1.1 海水のpH
海水のpHは弱アルカリ性を示し、表層水では8.1~8.2となっている。これは表1に示すようにCa2+、Mg2+、HCO3–、H3BO3
などのpH緩衝能をもつ電解質を含んでいるからである。気象庁によると、表面海水のpHは約8.1で、そのpHは深くなるにつれて下
がっている。例えば、北西太平洋亜熱帯域では水深1000m付近で約7.4と最も低くなる(北西太平洋亜熱帯域でのpHの平均的な鉛直
分布)。
これは、深くなるにつれて有機物の分解により海水中の酸素が消費され、全炭酸濃度が増加することによる。
1.2 地下水のpH
地表から浸透した降水には、大気中に含まれる二酸化炭素CO2が溶存しており、また、浅い地層に堆積した主に植物起源の有機物が
分解して生成したCO2が地下水に溶け込んでいる。このため浅層の地下水では、やや酸性(6付近)のpHを示す。地下水が流動する
とともに、CO2は砂礫と接触してNa+等のアルカリ成分を溶かし出し、CO2はHCO3–に変化して(Na+ + CO2 + H2O → Na+
+HCO3– + OH–)、アルカリ性を示すようになる。このように、沖積平野の深部に帯水する年代の古い地下水では、CO2が消失し
てpHが上昇する。場合によっては9.0を示すこともある。pHが9を超える事例は、溶存成分が比較的少ない花こう岩質の母岩から湧
出する温泉水などでみられ、泉質はアルカリ性単純温泉と呼ばれ、全国各地にある [日本地下水学会]。
パイライトFeSを含む地層の地下水や鉱山湧水が地表に出ると、強い酸性を示す。これは溶解したFe2+が酸素によりFe3+に酸化さ
れて、H+が放出されるからである(2Fe2+ + O2/2 + 2H2O → Fe2O3(s) + 4H+)。鉄バクテリアも共存し、水路は赤色で覆
われている。このFe2+の酸化反応において、共存する炭酸水素イオンHCO3–が触媒作用を示す。HCO3–が全て消費されてpH 4近
くまで低下すると、この反応は極めて遅くなる。
2.海水と地殻の構成元素
2.1 海水の主要化学成分
表1に海水中の主要化学成分の濃度を示す。海水は3.5%程度の塩分を含む。これは、地球が形成され、海が形成された当時、海水は
酸性であり、それにより地殻を溶かし、アルカリ金属・アルカリ土類金属によって中和したことによる。ただ、海水が中性になって
以降も僅かながら地殻を溶かし続けており、これにより塩分濃度は徐々に上昇を続けている。しかし氷河期による極地氷冠の成長や
融解メルトダウンで多少の上下がある。
海洋の塩分は地球上の観測場所により3.1%から3.8%のばらつきがあり、海洋において一様ではない。とくに河口や氷河の崩落する
地域では汽水化されている。最も塩分が高い外洋は紅海であり、海水の蒸発量の多さ、降水の少なさ、河川の流入、地形により海水
の攪拌が少ないことなどが影響している。
なお、塩湖においては、海水よりもさらに塩分が高い場合がある。最も高いのは死海であり、塩分濃度は約30%である。これら塩湖
は、河川から淡水が流入するものの、蒸発が激しく、流出する河川が無い事によって成立している。河川の淡水は僅かながら塩分を
含んでいるため、水分の蒸発により塩分が濃縮されるのである。河川による水の流入はあっても流出がないという意味では、塩湖は
海と同じである。[Wikipedia]
表1 海水の主要化学成分の濃度 [松井, 1970]
2.2 海水の構成元素
海水および地殻の含有量の関係を図1(海水濃度順)と図2(地殻濃度順)に示す。ただし、地球上に豊富に存在し、生命の主構成
元素であり、常温で気体・液体・固体の状態の分子を構成するC、H、O、Nおよび希ガスは除いてある。
青棒 ■(海水濃度)と橙棒 ■(地殻濃度)との高さの差が小さい元素ほど、海水と地殻中との濃度比の相関性が高くなる。地殻に豊
富に存在する元素が、必ずしも、海水中の濃度が高いとは言えない。
相関性の高い元素は、アルカリ金属元素とハロゲン元素で、これらは1価の正または負のイオンを形成して、安定な水和イオンを形成
するイオンである。次に2価のアルカリ土類金属元素である。
一方、相関性が低い、あるいは全くない元素、すなわち、log [mg/kg] = 0.0の軸を基準として、青棒と橙棒が相互に反対方向にあ
る元素である。これらは、安定な価数が3以上の金属元素である。これらの金属は中性の水中では、難溶性の水酸化物 M(OH)n(n
≧3 :価数、脱水酸化物:MOn/2)を形成し、それらの金属イオンの溶存濃度が極めて低いからである。リン P の海水中の濃度が低
いのは、FePO4やAlPO4のような多価金属イオンと不溶性塩を形成しているからである。
2.3 海洋の誕生と構成元素の変遷
私たちの住む星、地球ができたのは、今から約46億年前であった。原料となった物質は、微惑星に含まれていた岩石や金属であっ
た。微惑星の衝突・合体の繰り返しによって地球は今の形、大きさを作っていった。小さいものは大きいものに吸収されていき、
徐々に一つの惑星へとまとまっていったのである。地球の元である原始地球は、こうして誕生した。原始地球の半径が現在の地球の
約2割、1500kmくらいになると、小惑星の衝突によって脱ガスを起こすようになった。脱ガスにより、中に含まれていた二酸化炭
素や水、窒素などのガス成分は放出され、原始地球のまわりを覆った。原始大気の誕生である。原始大気は水蒸気を主成分とし、二
酸化炭素や窒素、一酸化炭素を含んでいたと考えられている。46億年前の生まれたばかりの地球では岩石がとけたマグマの海が地表
を覆っていた。また、水蒸気、二酸化炭素や窒素などのガスでできた原始大気が空を覆っていた。[地球の誕生]
およそ43億年前になると、地球の温度が急に下がって、原始大気の中に含まれていた水蒸気が雨となり、地上に降り注ぐようになっ
た。雨が地表を冷やし、地表が冷えると原始大気が冷えてさらに雨が降り、年間の雨量は10mを超える凄まじい大雨だったと考えら
れている。この大雨が1,000年近くも続き、現在の海のもととなる原始の海が生まれた。原始の海は雨にとけた塩酸なども流れこん
だので、はじめは酸性で、とても生物の住める環境ではなかったようである。酸性の海水はその後、地表の岩石・土壌の成分である
カルシウム、鉄、ナトリウムなどを溶かし、現在のような中性の海水になった。[海事広報協会]
酸性の海水が中性になるにつれて、高濃度であったAl3+やTi4+などがAl(OH)3やTi(OH)4などの水酸化物として沈殿し、現在の低
濃度になった。
32億年前になると、光合成をする生物が現れ、二酸化炭素を酸素に変換するようになった。海水中の酸素が増加してくると、
Fe2+はFe3+に、Mn2+はMn4+に酸化されて、それぞれ、Fe(OH)3、MnO2として沈殿していった。鉄やマンガンなどの濃度が低
下し、海水中で酸素が消費されなくなった20数億年前から、大気中に酸素が供給されるようになった。[Wikipedia]
大気中の酸素が増加して、太陽からの紫外線が減少してくると地表にも生物が生息する環境が整い、二酸化炭素の消費と酸素の生産
が平衡状態となり現在の大気となった。しかし、近年の化石燃料の大量消費により、二酸化炭素が徐々に増加しつつある。
以上の述べたように海洋が誕生した時代には、地殻と海水の成分にはかなりの相関性であったものが、アルカリ金属・アルカリ土類
金属による地表からの溶出による酸性から中性へ、また、光合成生物の誕生とその酸素の生産による海水の酸化還元電位のプラス側
への変化により、多価金属元素において顕著に見られるように地殻成分の傾向とは異なる海洋の構成成分となった。
ところで、特異な元素として、フッ素とリンである。ハロゲン元素であるフッ素はF–として安定である。また、リンは価数V・Ⅲ・
Ⅰ・-Ⅲとして、環境の酸化還元電位に応じて安定な化学種として水中に溶存できる。しかし、地殻中の濃度から考えて、海水中の濃
度は極めて低い。これは、F–およびPO43-(現在の海洋環境で安定な化学種)が各種の金属イオンと難溶解性の塩を形成するからで
あろう。
3.人体の構成元素
3.1 人体の構成元素
ヒトの体は構成する基本的な有機分子をはじめ、全ての元素から成り立っている。生命の起源以来、生命体は進化の過程で、宇宙や
地球に依存するあるゆる元素を取り込み、利用してきた。
この中で、アミノ酸、タンパク質、核酸、脂肪、糖など体を構成する基本的な有機分子に利用されている元素は、酸素O、炭素C、
水素H、窒素N、カルシウムCa、リンPの6種類である。これらの元素は体内濃度がそれぞれ体重1kgあたり10g以上を占め、多量元
素と呼ばれ、人体中の存在量は98.5%を占める。これらのうち、O、C、H、Nは共有結合をしやすく、体の構成に必要な主要元素で
ある。Caは骨の成分として、Pは核酸のリン酸結合やエネルギーの代謝に必要な元素である。
次に、多い元素は硫黄S、カリウムK、ナトリウムNa、塩素Cl、マグネシウムMgであり、いずれも体重1kgあたり1.0~2.5gを占
め、少量元素と呼ばれる。Sは含硫アミノ酸を構成する元素であり、K、Na、Cl、Mgはイオン化しやすく細胞の浸透圧の維持と調
節、膜電位の決定にも関与しており、Caとともに膜情報伝達系においても重要な役割を演じている。S以外は電解質元素でもある。
多量元素と少量元素を合わせた11元素を常量元素と呼び、これらを合計すると人体中の体内存在量は99.3%を占めることになる。
上記の11元素だけでは生命ならびに健康を維持することはできない。残りの0.7%には微量であるが、生命機能を維持するうえで重
要な元素である。これらは、鉄Fe、フッ素F、ケイ素Si、亜鉛Zn、ストロンチウムSr、ルビジウムRb、臭素Br、鉛Pb、マンガン
Mn、銅Cuの10元素は1~100mg/kgで存在しており、微量元素と呼ばれる。
さらに、1mg/kg以下のものは超微量元素と呼ばれ、アルミニウムAl、カドミウムCd、スズSn、バリウムBa、水銀Hg、セレン
Se、ヨウ素I、モリブデンMo、ニッケルNi、ホウ素B、クロムCr、砒素As、コバルトCo、バナジウムVの14種がある。
24種の微量・超微量元素のうち、ヒトにとって必須元素として認められているものはFe、Zn、Mn、Cu、Se、I、Mo、Cr、Coの
9元素である。
ヒトにおける必須元素は多量元素、少量元素、微量元素を合わせるとと20元素となり、生命の維持、発育・成長、正常な生理機能に
は不可欠な元素である。[荒川, 2016]
3.2 人体と海水との比較
生体の多量元素のうち、OとHは海水とほぼ同じレベルにある。CとNは海水より高いレベルであるが、光合成や窒素固定によって
水・空気から取得して植物が生育し、これを動物が摂取している。骨・歯や血液・筋肉・神経などの成分であるCaは海水より高いレ
ベルである。Pは海水中のレベルに比べて、生体中の含有量が極めて高く、濃縮率は105レベルとなっている特異な元素である。
少量元素のうち、海水よりも生体においてS、Kは高く、Na、Cl、Mgは低くなっている。海水魚では多量の海水を取り込み塩分
NaClの濃い尿を少量排出して、NaCl濃度を体液<海水に保っている。人体での塩分の取り過ぎは、高血圧の大きな要因となってい
る。
微量元素の中で、生体へのFeの濃縮率は106で際立っており、Znは105でPと同レベルである。
超微量元素についても、生体中の濃度は、海水中の濃度よりもかなり高いレベルにあることが分かる。超微量元素については、未だ
に生体内の機能が不明な元素もあり、今後の研究の進展が期待されている。
家庭で広く利用される食品成分表には無機質欄にNa、K、Ca、Mg、P、Fe、Zn、Cu、Mnなどの成分量が記されている。生体お
よび海水を構成する元素濃度を比較して見ると、その意味がよく理解できる。
必須元素と非必須元素
必須元素とは、それが欠乏すると欠乏症状が現れ、長く続くと死に至るものである。元素によって至適領域が大きく異なり、狭いも
のや広いものがある。具体例として、Seは必須元素であるが、至適範囲が非常に狭い。アメリカではセレンダブレットがスーパーマ
ーケットに販売されており、多量のセレンを飲んで、脱毛や爪の脱落などの症例がある。中国では土壌中セレン濃度の高い地域や低
い地域があり、欠乏症や過剰症の両方が報告されている。ヒトの必須元素の機能と疾患の概要については、文献 [荒川, 2016] を参
照されたい。
非必須元素とは、欠乏しても生命に異常はないが、多すぎると中毒を起こしさらには死に至るものである。
図3 人体および海水の構成元素 [人体:Wikipedia, 2016, URL]
留意事項
文献からの引用値が異なるので、含有量(濃度)に関して本文と図表との記載値が異なる元素がある。この理由は、測定技術の進歩
にもかかわらず微量元素の定量は容易ではなく、特に海水・地殻・土壌・生体の微量元素の定量においては、複雑な前処理での不可
避な作業環境から(へ)の混入・消失や共存する物質の干渉作用が著しく、年々、様々な機関や研究者によって測定値が更新されて
いるからである。詳しくは、ICP発光分析・ICP質量分析などを参照されたい。
なお、地表水(河川・湖沼)や地下水などの元素構成は、その背景(土壌・地殻・環境汚染)による地域差の変動が大きいので留意
されたい。また、Feの海水中の溶存値であるが、表層での約3ng/kgから減少し、水深1,000mで約40ng/kgと最大となり、それ以
深では微減しているとの報告[Achterberg, et al., 2001]もある。これは、上記の海水のpHで述べたように、pHとFe3+の溶解度
の関係で説明できる。
参考文献
1) Achterberg, E.P, et.al: Analytica Chimica, Vol.442, Issue 1, pp.1-14, 2001.
2) Barbalace, Kenneth: “Periodic Table of Elements”. Environmental Chemistry.com. Retrieved 2007-04-14.
3) 松井 義人・一国 雅巳(訳):一般地球化学、岩波書店、1970.
4) 重松 恒信:日本海水学会誌 Vol.32, No.3, pp.150-157, 1978.
5) 野崎 義行:日本海水学会誌 Vol.51, No.5, pp.302-308, 1997.
6) 小宮 剛:地学雑誌、Vol.116, No.1, pp.95-113, 2007.
7) 荒川 泰昭:日本臨床, Vo.74, No.7, pp.1058-1065, 2016.
人体・海水・地殻の構成元素
環境水のpH
海水と地殻の構成元素
人体の構成元素
留意事項
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