コロイドと界面現象

※本ページは『水浄化フォーラム』より転載しています。
<謝辞>
 「水」の安全確保と環境保全に係る知識と技術を、「水の浄化」に関わる方への参考となるサイトとして『水浄化フォーラム』を執筆・編集・管理いただいている
 環境技術学会 村上理事に心より感謝申し上げます。

 

 

はじめに


 コロイドおよびその現象は、生命を含む自然界において重要な役割を担い、人々の生活・産業においても様々な形で利用されている。水浄化の分野においても、コロイドの制御は主要な要素技術である。
 水浄化において、原水中の濁質のうち、粒子径が10μm程度以上のものは単純な沈澱によって除去することが可能である。しかし、粒子径が1μm以下になると、コロイド粒子が懸濁状となり、ほとんど沈降せず、また急速ろ過では捕捉することもできない(図1)。さらに水中に溶解している有害な金属や非金属の原子・分子イオンを難溶性塩や水酸化物(共同沈殿を含む)として析出・沈降して分離除去するとき、1μm以下の微細な結晶性・不定形の粒子を生成するが、10μm程度以上の沈降性粗大粒子にまで成長できない例は少なくない。
 わが国の水道における浄水処理において、一般的に、凝集・沈殿・急速砂ろ過を基本としたシステムが採用されている。この技術が微粒子の分離に優れ、安価・大量処理など多くの利点あるため、日本の近代水道が発祥して100年以上経過した現在でもなお主流技術として用いられている。また、種類の異なる様々な懸濁水(溶解性物質を不溶性物質へ変換する工程も含めて)は、建築・建設工事現場や生産・製造工程において発生し、凝集・沈殿分離は基本的な水浄化技術となっている。
 以上の凝集工程の設計や維持管理(目次、関連ページ、参照)を適正に実施するためには、コロイドの性質とその分散・凝集の機構を理解することが大切となる。

 

図1 水浄化における汚濁物質のサイズとその分離・除去法.jpg

図1 水浄化における汚濁物質のサイズとその分離・除去法

本ページの目的と構成
 本ページは、学校・大学の学生や企業での初心者を対象として、「水浄化におけるコロイドの凝集工程についての原理・操作」を理解するための基礎として、「Ⅰ.コロイドと界面現象」、および、「Ⅱ.解説」から構成されている。Ⅰ~Ⅱに記載の内容には、一部、重複したものも含まれている。重複した数式については、サブページを含めて本ページ全体を通して同一の式番号を記載している。
文献・Web-Siteの引用
 引用・参考にした文献は本ページボトムに示したが、引用した画像や動画はそれぞれのサイトをリンクしてあるので、それらのサイト内容も含めて理解されたい。

 

 

Ⅰ.コロイドと界面現象


1.コロイドとは
   1861年、スコットランドの化学者であるThomas Grahamは、水中でデンプンやタンパク質などの粒子が拡散する速度が遅いこと
   を発見し、これをコロイド(colloid)と名付けた。コロイド粒子(colloidal particle)とは、直径がおよそ1nm~1μm程度で、単一の
   原子・分子サイズと比べて比較的大きな粒子で、媒体中に分散した状態で存在する。

 1.1 身近なコロイドの事例
   コロイドとは、コロイド粒子(固体や液滴)が他媒体(気体・液体・個体)に分散した系全体のことを指す。身近な例でいえば、牛
   乳や泥水などがコロイドである。牛乳のような分散質が液体コロイドの溶液は一般的にエマルション(emulsion)といい、これに対し
   て、泥水のような分散質が固体コロイドの溶液は一般的にサスペンション(懸濁、suspension)という。
   コロイドの分散媒は、液体または固体の場合が多いが、分散媒が気体の場合もあり、そのようなコロイドはエアロゾル(aerosol)と
   いう。
   ゾル(sol)とは流動性を持ったコロイドのことで、これに対して、加熱や冷却などの何らかの原因で、ゾルが流動性を失ったものをゲ
​   ル(gel)という。身近なゲルの例としては、寒天・ゼリー・豆腐などがある。

 

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表Ⅰ-1 身近なコロイドの分類と実例

1.2 コロイドの分類
   コロイドは、その構造により、① 高分子コロイド(polymer colloid)、② 会合コロイド(association colloid)および ③ 分散コロイ
   ド(dispersed colloid)に分類される。
   高分子コロイドは、分散媒に分散した分子1個の大きさがコロイドサイズの分散系である。コロイド化学の初期には、高分子コロイド
   の研究がコロイドの主流であった。コロイド研究の先駆者であったThomas Grahamが最初に示したコロイドは、いずれも天然高分
   子であった。現在では、高分子化学(polymer chemistry)という別の学問分野ができ上がっているので、高分子をコロイド化学で扱
   うことは、少なくなった。
   会合コロイドは、多くの分子が集まって、コロイドの大きさを持つようになった分散系を示す。洗剤などの界面活性剤分子は、溶液
   中である濃度以上になると、ミセル(micelle)と呼ばれるコロイドサイズの会合体を形成する。
   分散コロイドは、溶媒には本来溶解しない不溶性物質の分散系である。溶解するはずのない物質が媒体中で分散しているのだから、
   分散コロイドは熱力学的には不安定な系であり、条件によって破壊することができる。表Ⅰ-1で示したコロイドはすべて分散コロイ
​   ドであり、分散コロイドは最も身近に溢れているコロイドである。

 

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表Ⅰ-2 コロイドの種類

1.3 コロイドの形状と観察

(1) 大きさ
  コロイド粒子の大きさは直径が1nm~1μmの範囲で、ろ紙を通過するが半透膜を通過しない程度の大きさである。この性質を使
  用して分子とコロイド粒子を分けることができる。

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図Ⅰ-1 コロイド粒子の大きさとその分離

(2) 形状
  コロイド粒子の形状には、球状、棒状、針状、板状、繊維状、膜状のものなど、コロイド系の物質・分散媒やその生成過程を含め  
  て物理・化学的条件により様々な形状で存在している。

図Ⅰ-2 コロイド粒子の形状モデル.jpg

図Ⅰ-2 コロイド粒子の形状モデル

(3) 観察
  コロイド粒子は、光学顕微鏡では小さすぎて観察することができないが、限外顕微鏡や透過型電子顕微鏡(TEM)などを使えば、
  コロイド粒子を観察することができる。限外顕微鏡では、特殊な照明装置により微粒子の散乱光(チンダル光)を観察して、微粒子
  の動きを見ることができる。また、透過型電子顕微鏡では、可視光の代わりに電子線を照射して、対象を観察することができる。
  コロイド粒子は非常に小さいので、これを観察するには特殊な装置が必要となる。

 

2.疎水・親水のコロイド

 2.1 コロイド状態の保持
   分散コロイドは、不溶性物質の粒子が媒体中に分散している系のことであって、溶解性物質の溶液とは明確に区別される。溶液は結
   晶がその物質の構成単位である原子や分子のレベルまで解離して溶媒に溶けている状態であるのに対して、コロイドは多数の原子・
   分子が集まって1つの粒子(例えば、不溶性の金属酸化物では、1nm粒子でおよそ数百個、1μmでおよそ数×1011個の金属と酸素の
   原子から構成される粒子)となり、それらが媒体に分散している状態である。単一分子サイズが大きい高分子コロイドなどの例外も
   あるが、コロイドは、一般的には「多数の原子・分子から構成される集合体が分散媒に分散している系」である。したがって、コロ
   イドとして分散状態を保つためには、いくつかの条件が必要となる。

  (ⅰ)コロイド粒子がさらに小さな粒子(原子や分子)にまで解離されないこと
     例えば、結晶・粉末状の食塩NaClやショ糖C12H22O11は、水中ではNa+・Cl–イオンやショ糖C12H22O11の単分子にまで
     解離・溶解しているので、コロイドとはいえない。食塩やショ糖は、水中では結晶・粉末状の状態よりも、解離して水和したイ
     オン・分子での状態の自由エネルギーが低く、熱力学的に安定であるからである。
  (ⅱ)コロイド粒子同士が衝突・凝集し、さらに大きな粗粒子にならないこと
     分散コロイドは熱力学的には不安定な系で、コロイド粒子は安定になろうと凝集してより大きな粒子になろうとする作用が働
     く。コロイド粒子が凝集して大きな粒子になると、単に浮上するか沈降するかという状態となり、コロイドではなくなってしま
     う。

   分散したコロイド粒子が凝集しないようにするには、主に以下の2つの方法がある。
   第一の方法は、コロイド粒子の表面を帯電させることである。例えば、後述する図Ⅰ-5に示すように、コロイド粒子の表面を「正」
   に帯電させたとする。このとき、電気的に中性を保とうとして、表面電荷量と同量の負イオンが過剰にコロイド粒子を取り巻いてい
   る。粒子の表面電荷と反対符号のイオンを対イオン(counter ion)といい、このような状態を電気二重層(electric double layer)が
   できているという。なお、多数の対イオンは粒子表面の電荷に引かれて統計的に分布しているものの、個々のイオンは自由に液中を
   拡散して遠くまで動くことができる。
   ところで、ブラウン運動により2つの粒子が接近し、相互の電気二重層が重なるようになると、図Ⅰ-3に示すように、重複した二重
   層領域の浸透圧 [= Π(h):h は粒子表面間の距離] の増加による反発力 Po(h)が働き、自由エネルギー [= ∫ Π(h)v(h)dh:h = ∞→h
   で積分; v(h)は重なり領域の体積] が増大することによって熱力学的に不安定となり、粒子同士の合体を妨げるようになる。
   基本的には気体の圧縮に必要な力とそれに要する仕事エネルギーの関係と同じようなものと考えると理解しやすい。ただし、重なり
   領域内でのイオン濃度分布が均一でないので、計算は複雑となる。

 

図Ⅰ-3 電気二重層の重なりによる浸透圧の増加と粒子間反発力の発生.jpg

図Ⅰ-3 電気二重層の重なりによる浸透圧の増加と粒子間反発力の発生

  分散コロイドが凝集しないための第二の方法は、図Ⅰ-4に示すように、コロイド粒子の全表面を溶媒分子で覆っておくことであ 
  る。コロイド粒子が互いに接近しても、表面を覆っている溶媒分子が離れなければ、コロイド粒子間の接触を妨げることができ
​  る。

図Ⅰ-4 表面が水素結合による水分子層で覆われている親水性粒子同士の接近.jpg

図Ⅰ-4 表面が水素結合による水分子層で覆われている親水性粒子同士の接近

 2.2 疎水性コロイド
   コロイド粒子のうち、主に上記の第一の方法のみで水中で分散している場合、これを疎水コロイド(hydrophobic colloid)という。
   水に対して不溶であり、本来沈降すべき物質がコロイド粒子のサイズになった上に、何らかの理由(詳しくは、Ⅱ.解説(C)を参
   照)で表面が帯電してしまったために、粒子間に反発力が働き、合体・集合できなくて微細な状態のコロイド粒子が分散状態になっ
   ている。一般的に、疎水コロイドは、その大半が無機物質である。

 2.3 親水性コロイド
   上記の第二の方法が主たる理由で水中に分散している場合には、これを親水コロイド(hydrophilic colloid)という。コロイド表面に
   溶媒である水分子層が付着して離れないのは、水に対して親和性が高いからである。親水コロイドには分子コロイドや会合コロイド
​   が多く、その大半が有機物質である。

 

表Ⅰ-3 コロイドの分類と特徴.jpg

表Ⅰ-3 コロイドの分類と特徴

3.疎水コロイドの分散と凝集

 3.1 DLVO理論による分散・凝集機構
   疎水コロイドは一般的に不安定な系で、粒子表面の電荷密度や溶液の電解質濃度を変化にさせると、分散したり、凝集したりする。
   この分散・凝集のメカニズムを以下に説明する(各式の誘導はⅡ.解説(B)を参照)。
   疎水コロイドの分散・凝集の現象については、粒子の荷電表面による電気二重層による反発力作用および粒子内の構成原子・分子間
   のvan der Waals引力作用の相反する作用によって理論的に説明することができ、これをDLVO理論という。「DLVO」とは、旧ソ
​   連の化学者であるDerjaguinとLandau、オランダの化学者であるVerweyとOverbeekの4人の研究者の頭文字に由来している。

   (1) 拡散電気二重層
     図Ⅰ-5・Aに示すように、電解質溶液中に分散している荷電粒子の界面近傍の溶液側は拡散電気二重層が形成される。この二重
     層は、次の相反する2つの作用によって説明される。以下、z-z型対称電解質の溶液とする。
      (1) 静電気力によって界面電荷(例えば、正の電荷)に対して、反対符号のイオン(対イオン)は界面へ近づくように引力が
        働き、同符号のイオン(同イオン)は遠ざかるように斥力が働くので、図Ⅰ-5・Cに示すように界面近傍では対イオン個
        数(n–)と同イオン個数(n+)との濃度差Δn(= n+ – n–; < 0)が生じる。
      (2) 一方で、液中では正負の両イオンは熱運動による拡散力がそれらの濃度差Δnを減少させるように働く。
        粒子界面から遠ざかるにつれて静電気力が減衰するのに対し、拡散力は一定であるので、遠く離れたところでは、拡散力
        が支配的となり正負イオンの個数濃度は等しくなる(n+ → n∞、n– → n∞、Δn → 0;n∞は母液中の正負のイオン
        数)。

   (2) 電気・拡散二重層を示す基本式
     正負の符号が異なるイオン個数が異なると、溶液系のある無限小の体積Δv[m3]が電荷を有するようになり、その密度ρ[C/m3]
     は次式で示される。

      ρ = zeΔn/Δv   (Ⅰ-1)

     また、拡散層における電荷ρと電位Ψの関係は、次のPoissonの式で示される。

      ∇2Ψ = – ρ/ε   (Ⅰ-2)

     ただし、ε = εrεo、ε:溶媒の誘電率、εs:溶媒の比誘電率、εo:真空の誘電率

     式(Ⅰ-1)と式(Ⅰ-2)の関係より、界面電位Ψoとする球形の粒子表面の法線方向をx軸とし、界面からの距離 x[nm]における電位
     は、次式で近似される。

      Ψ(x) = Ψoexp(-κx)   (Ⅰ-3)

     ここで、κ は式(Ⅰ-9)で示される。
     Ψ(x)の分布は、図Ⅰ-5・Bに示すような二重層電位Ψの減衰として表すことができる。
     なお、界面電位Ψoは一般に測定困難な量であって、測定可能な「すべり面」における電位(ζ-電位)で近似することが多い。す
​     べり面とは、粒子と液とが相対的に動くときの境界面である。

 

図Ⅰ-5 荷電粒子の電気二重層と2粒子の接近のモデル図.jpg

図Ⅰ-5 荷電粒子の電気二重層と2粒子の接近のモデル図
A:電気二重層のモデル、B:固液界面からの距離と電位、C:固液界面からの距離とイオン個数の濃度、D:粒子同士が接近したときの電気二重層の重なり

 留意事項
   吸着性イオン(界面活性剤イオン、高分子イオン、高原子価イオン、錯イオンなど)が存在すると、その濃度に応じた吸着が起
   こる。吸着イオンの大きさに相当する厚さの吸着層が形成され、その吸着層と溶液との界面に電位(Stern電位Ψδという)が
   発生する。対イオンはその外側に分布するので、Ψの変化はΨoではなくて、Ψδから出発する(Ⅱ.解説(B)-図B-1(C)を参
   照)。本章では、吸着性イオンが共存しないコロイド系について議論を行う。

 

   (3) 接近2粒子間に働く力とその系の自由エネルギー
      図Ⅰ-5・Dに示すように、球状で半径 aの2つの荷電粒子が接近して、それらの表面の最短距離(2粒子の中心を結ぶ直線とそ
      れらの粒子表面との交点間の距離)をhとする。
      粒子同士が接近したとき、斥力PR[N](>0)および引力PA[N](<0)の相反する力が働き(添字、R: repulsion、
      A:aggregation)、これらの合力は次式で示される。合力P<0であれば、粒子はより接近するように凝集力が働く。合力P
      >0であれば、粒子は遠ざかるように分散力が働く。

       P(h) = PR(h) + PA(h)   (Ⅰ-4)

      斥力 PRの原因は、疎水コロイドの分散している溶液で、電気二重層を持つ2つのコロイド粒子が接近すると、図Ⅰ-3に示した
      ように電気二重層内の対イオンの重なりにより浸透圧が増大するので、コロイド粒子には反発力が働くからである。
      一方で、引力 PAの原因は、コロイド粒子同士がかなり近くまで接近したときには、粒子間にvan der Waals力に起因する粒
      子間引力が働くからである。
      しかし、その粒子系において、「凝集するか、分散するか」は、その系が自由エネルギー的に「安定であるか、不安定である
      か」によって決まる。コロイド2粒子系における自由エネルギーVは、斥力および引力に起因するエネルギーVRおよびVAの和
      として、次式で示される。

       V(h) = VR(h) + VA(h)   (Ⅰ-5)

      2粒子間に働く合力P(h)とその系の自由エネルギーには次の関係がある。

       dV(h)/dh = P(h) または V(h) = ∫|P(h)|dh (h = ∞ → h)   (Ⅰ-6)
       ただし、V(∞) = 0

      ここで、Ⅱ.解説(B)で詳述する電気二重層モデルの条件下では、半径 a[m]の2個の荷電粒子が、遠くから粒子界面距離 h[m]
      に接近したときの合力P(h)および自由エネルギーV(h)は、次式で近似的に示される。

       P(h) = 2πaεκΨo2 exp(-κh) – aA/(12h2)   (Ⅰ-7)

       V(h) = 2πaεΨo2 exp(-κh) – aA/(12h)   (Ⅰ-8)

       κ2 = 2nz2e2/(εkT)   (Ⅰ-9)

       κ = 3.3×109z√C [/m] (at T = 298K)   (Ⅰ-10)

      なお、式(Ⅰ-7)~式(Ⅰ-10)において、Ψo:粒子-水界面における電位[V]、ε:水の誘電率(7.08×10-10[N/m2/C2]、
      25℃)、A:Hamaker定数、z:z-z型対称電解質の価数、n(= n∞ = 1.0×103C):単位体積中の電解質イオン個数 
      [1/m3]、C:電解質濃度[mol/L]である。

   (4) 疎水コロイドの凝集と分散
     一般に系の自由エネルギーVの値が低いほど、その状態はより安定となる。2つの荷電粒子が接近したときの表面間距離 hに対す
     る自由エネルギーV(h)と粒子間に働く合力P(h)の関係の事例を図Ⅰ-6に示す。
     一般に、V(h)の極大値Vmax(dV(h)/dh = P(h) = 0 → PR = PA)が存在し、凝集系と分散系の境界にエネルギー障壁が現れ
     る。粒子が接近したとき、「分散 → 凝集」へ移行するには、このエネルギー障壁を越える活性化エネルギーが必要となる。コロ
     イド粒子はブラウン運動をしており、そのエネルギーはkT(= 26meV、25℃)を用いて議論される。Durhanによれば、半径
     100nm以上の粒子について、Vmax>15kTでは、ブラウン運動によってこの障壁を越える確率が極めて低く、長期間にわたっ
     てコロイド状態は安定に存在する。Vmax<15kTでは、この障壁を越える確率が高くなりコロイド系は不安定となり緩速凝集が
     進行し、さらにVmaxが消失すると急速凝集が起こることとなる。

   留意事項
     本章での説明はコロイド状態の安定性をエネルギー的に論じているが、その状態が時間的にどの程度維持できるかについては、
​     別の問題である。コロイドの凝集速度については、Ⅱ.解説(E)を参照されたい。

 

図Ⅰ-6 球形・同サイズ・同荷電の2粒子系に働く力と自由エネルギー.jpg

図Ⅰ-6 球形・同サイズ・同荷電の2粒子系に働く力と自由エネルギー
P:粒子間に働く合力、PR:静電気的反発力、PA:van der Waals引力、V:2粒子系の自由エネルギー{ただし、V(∞) = 0 とする}、VR:静電気的エネルギー、VA:van der Waalsエネルギー、
a:粒子半径、h:2粒子表面の最短距離、Ψo:表面電位(Stern電位)、A:Hamaker定数、1/κ:二重層の厚さ(Debye長さ)

   具体的計算:図Ⅰ-6については、Excelファイルをダウンロードし、具体的に試算するとよい。なお、ページトップの目次-付
   録に記載のファイルも同じものである。
   学生や初心者の方は、同ファイルの各パラメータに具体的な数値を記入して、Vmaxは「どの因子によって大きく影響される」
   か実感されたい。そして、「その因子が変化する原因はどのような理由によるもの」か考察することが、現実の水浄化プロセス
​   の開発・改善や維持管理において役立つこととなろう。

 

 3.2 コロイドの分散・凝集の因子
   コロイド粒子が長時間にわたって安定であるか、凝集するかは、コロイド系の自由エネルギーの極大値Vmaxの高さに依存すること
   を前節で述べた。ここでは、Vmaxの高さに及ぼす主な因子について述べる。Vmax (= V(ho))においては、P(ho) = 0であるので、
   式(Ⅰ-7)および式(Ⅰ-8)より、次式が得られる。

    Vmax = 2πaεΨo exp(-κho) (1 – κho)   (Ⅰ-11)

   上式と式(Ⅰ-10)から、a = 一定、T = 一定のとき、Vmaxは、粒子界面の電位Ψoおよび電解質の電荷 zとその濃度Cに大きく依存す
   ることが分かる。

   (1) 粒子表面電位 Ψoとエネルギー障壁 Vmaxの高さ
     界面電位Ψoを変化したときの、各Ψo値に対する自由エネルギーV(h)と距離 hの関係を図Ⅰ-7に示す。表面電荷が高くなると、
     Vmaxは高くなる。
     Ψo<15mVでは Vmax<10kTとなり、ブラウン運動エネルギーによってエネルギー障壁を越える確率が高くなり、分散系は不  
     安定で凝集が起こることが推定される。逆に、Ψo>25mVでは Vmax>40kTとなり、分散→凝集への活性化エネルギーが高
​     く、凝集速度は極めて遅くなり分散系は安定であることが推定される。

 

図Ⅰ-7 球形・同サイズ・同荷電の2粒子系の自由エネルギーに対する表面電位の効果.jpg

図Ⅰ-7 球形・同サイズ・同荷電の2粒子系の自由エネルギーに対する表面電位の効果
記号等の説明および計算については、図Ⅰ-6と同じ。

   (2) 酸化物/水酸化物の表面の等電点
     酸化物/水酸化物の固体粒子を水に分散させると、その表面は水和して、次の化学平衡を起こす。

      -O-M=O(粒子表面)+ H2O → -(OH)-M-OH
      -M-OH + H+ ⇄ -M-OH2+ (低pH)
      -M-OH + OH– ⇄ -M-O– + H2O (高pH)

     低pHでは水素イオンH+と、高pHでは水酸化物イオンOH–と粒子表面-M-OHとの平衡反応(不可逆的な化学吸着ではない)
     が生じ、正または負に帯電する。表面電荷が消失するpHoが高・低pHの中間で存在し、このpHo値を等電点(iso-electric
     point, iep)という。任意のpHにおける表面電位Ψoはネルンストの式から、次式で示される。

      Ψo = -ne(pH – pHo)/(kT)   (Ⅰ-12)
      = – 59(pH – pHo) [mV] (at 25℃)

     以上のことから、酸化物/水酸化物粒子の分散・凝集はpHに大きく依存することとなり、凝集操作においてpHは正確に調整す
​     る必要がある。表Ⅰ-4に、酸化物/水酸化物の表面の等電点を示すpHoを示す。

 

表Ⅰ-4 酸化物/水酸化物の表面の等電点.jpg

表Ⅰ-4 酸化物/水酸化物の表面の等電点
sp:流動電位法、eo:電気浸透法、mep:電気泳動法
文献(古澤, 2004)のデータをpHo値(測定方法によって、同じ物質でも値が異なるが)の順に並び替えた。
訂正:γ-Al2O4 → γ-Al2O3

 

   (3) 電解質添加によるエネルギー障壁の低下
     前節で述べたように酸化物粒子などではpH調整により表面電荷を制御できるが、現実には溶液のpHを特定値に保つ必要もあ
     る。また、コロイド粒子間に働く van der Waals力の大きさは、コロイドを構成する内部の原子・分子に固有のもので粒子表
     面の性状に無関係であるので、溶液(分散媒)の条件によって変えることができない。
     一方で、先に示した図Ⅰ-5・Dから分かるように、粒子・溶液界面の電気二重層が厚いほど、粒子同士が接近したときの重なり
     領域が広くなり、コロイド粒子間に働く反発力が増加する。
     そこで、疎水コロイドが分散している溶液に電解質を加えると、上式(Ⅰ-10)で示したように、その濃度が高いほど、電気二重層
     の厚さ(1/κ)は小さくなり、粒子間の反発力は減少する。さらに添加する電解質イオンの価数zが大きくなると、その効果は格
     段に高くなる。
     図Ⅰ-8に塩化ナトリムの添加によるエネルギー障壁Vmaxへの効果を示す。この事例では、NaCl濃度>100mmolでは、エネル
     ギー障壁Vmax<15kTであるので、コロイド系は不安定となり、粒子の凝集が進行することが推定される。
     なお、凝集に必要な電解質の濃度は、解離イオン価数zの6乗に反比例し、多価電解質の凝集効果が極めて効果的であることが実
​     験により分かっているが、理論的にも説明できる(Ⅱ.解説(D)を参照)。

 

図Ⅰ-8 球形・同サイズ・同荷電の2粒子系の自由エネルギーに対する電解質の添加効果.jpg

図Ⅰ-8 球形・同サイズ・同荷電の2粒子系の自由エネルギーに対する電解質の添加効果
記号等の説明および計算については、図Ⅰ-6と同じ。

4.親水コロイドの塩析
   親水コロイドのコロイド粒子表面には、親水性の官能基(-OHや-COOH、-CO-、-NH2など)を多数有している。上記図Ⅰ-4
   に示したように、これらの親水基が水素結合によって水分子を粒子表面に強く引き付けているために、水和水層が立体障害になって  
   コロイド粒子同士の凝集は妨げられている。したがって、親水コロイドを凝集させるためには、表面での水素結合を切り、コロイド
   粒子を覆っている水和水を表面から剥ぎ取らなければならない。
   電解質をコロイド溶液に加えると、水中でイオンに電離する。これらの電離イオンは、親水基よりも強く水分子と引き合うので、親
   水コロイドに塩化ナトリウム NaClなどの塩を加えれば、理論上は水和水を失って、親水コロイドは沈殿するはずである。しかし、
   NaCl濃度を1mol/Lぐらいにしても、なかなかコロイド粒子は沈殿しない。水溶液には約1000/18 ≒ 56mol/Lの水分子が存在為て
   いるのに対して、塩濃度が1mol/L程度ではイオンの数が少なすぎて、親水基と水分子の水素結合を切るに至らない。親水コロイドに
   ついては、少量の塩を加えただけでは凝集が起こらず、NaCl濃度が5~10mol/Lぐらいになって、初めて親水基と水分子の水素結合
   が切れ、親水コロイドの凝集が起こる。このように親水コロイドに多量の電解質を加えて凝集させることを、一般的に塩析(salting
   out)という。
   セッケンのコロイド溶液に飽和食塩水を加えてセッケンを析出させたり、タンパク質のコロイド溶液である豆乳にニガリMgCl2や硫
   酸カルシウムCaSO4を加えて豆腐を作るのは、塩析を利用したものである。

 (1) 保護コロイド
   疎水コロイドに親水コロイドを加えると、疎水コロイドが凝析しにくくなることがある。このときに加える親水コロイドを保護コロ
   イド(protective colloid)という。
   これは、疎水コロイドの周りを親水性の保護コロイドが取り囲み、さらにその周りを水分子が水和しているため、疎水コロイドの表
   面が親水化されるからである。保護コロイドを加えると、疎水コロイドは電解質に対して安定になる。例えば、疎水性である赤色ア
   ルカリ性金コロイドに対して、ゼラチンは強い保護作用を示す。その他の例としては、墨汁のニカワやマヨネーズの卵黄は、代表的
   な保護コロイドである。ただし、この保護作用の強さは物質の種類だけでなく、pHや調整法などにより著しい影響を受ける。

 

5.会合コロイドとミセル
   界面活性剤は、生活・産業において広く活用されている。水浄化においても、懸濁水の凝集剤として利用されている。詳しくは
​   Ⅱ.解説(G)に記載しているが、ここではその代表的な性質を概説する。

 5.1 界面活性剤とミセル
   ミセル(micelle)とは、界面活性剤の分子またはイオンの集合体のことである。界面活性剤は、分子内に親水基と疎水基の両方を持つ
   ため、両親媒性分子とも呼ばれる。次の図Ⅰ-9に代表的な界面活性剤であるステアリン酸ナトリウムC17H35COONaの構造式を示
   す。

 

図Ⅰ-9 ステアリン酸ナトリウムC17H35COONaの構造式と略号.jpg

図Ⅰ-9 ステアリン酸ナトリウムC17H35COONaの構造式と略号

   水溶液中の界面活性剤の濃度を上げていくと、水溶液中で界面活性剤が集合して、大きなミセルを形成する。少量の界面活性剤を添
   加した水溶液中では、ミセルは形成されない。
   界面活性剤分子は分子内に疎水基があるため、水中では不安定である。水はその分子間の凝集力が大きいため、疎水基を水からはじ
   き出そうとする傾向がある。図Ⅰ-10・Aのように、少量添加した界面活性剤の大半は、空気-水界面へ移動し疎水基を空気側へ向け
   て配置される。また、水と油のような状況でも、界面活性剤はその界面へと移動・配置される。界面活性剤の界面吸着能はその重要
   な物性の1つである。界面活性剤がミセルを形成し始める濃度を臨界ミセル濃度(critical micellar concentration、cmc)といい、
   この濃度は、コロイドであるかないかを区別する重要な値である。
   水溶液中の界面活性剤の濃度を上げていき、cmcに達すると、それ以上は界面に存在できない状態となる。この状態は、溶液の表面
   全体が界面活性剤分子で覆われ、図Ⅰ-10・Bのように、表面配置が飽和してしまった状態である。さらに濃度上げていくと、行き場
   のなくなった界面活性剤は分子同士で疎水基を重ね合わせ、親水基を外側(水側)に向けて互いに集まることにより、図Ⅰ-10・Cのよ
​   うに安定な集合体を形成して水中に分散する。この集合体がミセルである。

 

図Ⅰ-10 界面活性剤の添加量とその水中での存在状態.jpg

図Ⅰ-9 ステアリン酸ナトリウムC17H35COONaの構造式と略号

   このミセルの大きさと形状は、直径が分子の長さの約2倍程度の球状粒子であり、コロイドの範囲に入る。したがって、界面活性剤の
   濃度がcmc以上になって初めて、界面活性剤の水溶液はコロイドになることができる。界面活性剤の水溶液は、cmc以下の濃度では
   コロイドにはならないので、濃度によってコロイドになったり、そうでなくなったりする興味深い性質を持つ。濃度をcmc以上にす
​   れば、このミセルは自然と生成する。

 5.2 不溶性物質の可溶化
   界面活性剤を使うと、水と油のように互いに混ざり合わない物質の一方を、他方に分散させることもできる。これは、界面活性剤が
   ミセルを形成して、ミセル内にその物質が取り込まれるからである。図Ⅰ-11・Aは、ミセル内に油相が取り込まれ、水中に油が分散
   している事例である。液体に溶けにくい物質が界面活性剤の存在下でその液体に溶けるようになる現象を可溶化(solubilization)とい
   う。
   界面活性剤溶液への可溶化は、臨界ミセル濃度以上で起こる。この場合の可溶化量と界面活性剤の濃度との間には、一般的に図
​   Ⅰ-11・Bのような関係がある。このグラフから、逆に臨界ミセル濃度を間接的に求めることもできる。

 

図Ⅰ-11 界面活性剤の添加による油性物質の水中への可溶化.jpg

図Ⅰ-11 界面活性剤の添加による油性物質の水中への可溶化
A:O/Wマイクロエマルジョンのモデル(●:油の粒子)、B:界面活性剤の濃度と油の可溶化量

   ミセルには、水相(W)に油相(O)が分散するO/Wエマルジョンと、油相に水相が分散するW/Oエマルジョンがある。O/Wの代表例は
   食器に付着した油の可溶化で、W/Oの代表例は油井原油中に含まれる水分である。
   可溶化量が増すと、ミセルは膨らんでいく。光の散乱状態は、ミセルが膨らむと増大し、液は半透明になって乳光を発したり、やや
   濁って見えたりする。そこで、この現象を界面活性剤の乳化作用(emulsifying action)という。マヨネーズや乳液などには界面活性
   剤が使われており、この乳化作用のために、白く濁って見える。
   前述した水-油-界面活性剤の3成分系であるが、この系に中級アルコール(炭素数4~8)を補助剤として添加し4成分系にすると、図
   Ⅰ-12に示すように、水に対して多量の油を(O/W)、または、油に対して多量の水(W/O)を含む広い組成範囲のエマルジョンを
​   つくることができる。

 

図Ⅰ-12 オクチル硫酸ナトリム-ヘキサノール-デカン-食塩水の4成分系でのマイクロエマルジョン(ME)の生成.jpg

図Ⅰ-12 オクチル硫酸ナトリム-ヘキサノール-デカン-食塩水の4成分系でのマイクロエマルジョン(ME)の生成

6.コロイド溶液の物性

 6.1 透析
   コロイド粒子は、ろ紙の穴より小さいので、ろ紙を素通りして分離できない。しかし、セロハン膜やコロジオン膜の穴よりは大きい
   ので、これらの半透膜を通過できない。一方で、コロイド粒子より小さなイオンや分子は、このセロハン膜の穴をも通ることができ
   る。そこで、このような装置を使うことで、小さなイオンや分子を除き、コロイド粒子のみの溶液にすることが可能となる。この操
   作を透析(dialysis)という。
   透析を利用した水酸化鉄(III)・Fe(OH)3のコロイド溶液の作成を説明する。沸騰水に塩化鉄(III)・FeCl3水溶液を加えると、加水分解
   反応が起こり、赤褐色のFe(OH)3のコロイド溶液が作成できる。沸騰水での反応の理由は、高温のために加水分解反応が急激に進む
   ので、多数に生成したFe(OH)3の小さな結晶核が大きな沈殿粒子まで成長できず、コロイド粒子のサイズで成長が停止しているから
   である。このコロイドは、溶液中の水素イオン・H+または鉄(III)イオン・Fe3+が表面に吸着しているので、正に帯電した疎水コロイ
   ドとなっている。

    FeCl3 + 3H2O → Fe(OH)3↓ + 3HCl

   生じたコロイド溶液を半透膜であるセロハン袋に入れて、流水中に浸して透析を行うと、水素イオン・H+や塩化物イオン・Cl–は拡
   散によりセロハン膜を通過して流出していく。しかし、Fe(OH)3のコロイド粒子は半透膜を通過できず、セロハン膜内に留まる。こ
​   の操作によって、Fe(OH)3のコロイドをセロハン袋中に精製することができる。

 

写真Ⅰ-1 (左)赤褐色の水酸化鉄(III) ・Fe(OH)3コロイド溶液.jpg
写真Ⅰ-1 (右)セロハン膜による水酸化鉄(III)の精製.jpg

写真Ⅰ-1 (左)赤褐色の水酸化鉄(III) ・Fe(OH)3コロイド溶液、(右)セロハン膜による水酸化鉄(III)の精製

 血液透析
   透析を有効に利用しているのが、私たちの体の中にある腎臓である。腎臓には、血液中に含まれる尿素(NH2)2COなどの老廃
   物を取り除く働きがある。腎臓病により、腎臓の機能が低下してくると、老廃物を体外に排泄できなくなり、尿毒症により生命
   の危機に陥ることとなる。これを回避するために、人工透析が行われる。人工透析には、図Ⅰ-13に示すような血漿分離器が用
   いられている。
   まず、体外に取り出した血液を血漿分離器に通して、血球成分と血漿成分に分離する。赤血球や白血球などの血球成分は透析膜
   を通過できないが、小さい分子である尿素(NH2)2COは透析膜を通過するので、これらを分離することができる。このとき分
   離された血漿の代わりに、新鮮な血漿もしくはアルブミン溶液を補充する。
   人工透析は、半透膜としての作用が弱った腎臓の働きを、このようにして人工的に行う治療法である。

 

図Ⅰ-13 血液透析の原理.jpg

図Ⅰ-13 血液透析の原理

 6.2 光学的性質
   コロイドは必ずしも濁っているとは限らず、透明または半透明なものも多い。しかし、透明に見えていても、コロイドの横から強い
   光を当てると、光の通路が光って見える。これは、コロイド粒子の大きさが可視光の波長(350~700nm)とほぼ等しいため、その
   表面で光がよく散乱されるからである。この現象をチンダル(Tyndall)現象といい、この光をチンダル(Tyndall)光という。これ
   はコロイドの特性の1つであり、チンダル現象の有無により、コロイドを見分けることが可能となる。
   着色物質は光を吸収する。吸収の極大波長は分子・イオン・結晶では、物質に固有なもので、それぞれ固有な色を呈している。しか
   し、コロイドの色は物質に固有なものではない。
   光の散乱と吸収の度合いを一つにまとめると、

    ln Io/I = (ε+τ)・l

   ここで、Io/I は入射光/透過光の強さ、l は測定セルの厚さ、ε/τ は吸収係数/濁度である。ε = 0 のときにThydall式、τ = 0 のと
   きにLambert式となる。測定セル中のコロイド粒子数をN、粒子半径をaとすると、

    ε = πNa2QA   τ = πNa2QS   (Ⅰ-13)

   となる。QA/QSは吸収因子/散乱因子といわれ、粒子半径 a、測定波長λ、屈曲率などの関数である。
   粒子による散乱には、レイリー(Rayleigh)散乱とミー(Mie)散乱がある。レイリー散乱は、光の波長よりも小さいサイズの粒子
   による散乱現象である。ミー散乱は、光の波長程度のサイズの粒子による散乱現象である。粒子のサイズが大きくなるとミー散乱と
   幾何光学の双方の手法による計算結果が類似するようになる。
   散乱波の波長λと散乱粒子の直径 d(= 2a)に関するサイズパラメータとして、

    α = πd/λ

   があり、α≪1 はレイリー散乱、α~1 はミー散乱、α≫1 は幾何光学近似で表現できる。

 

写真Ⅰ-2 チンダル現象の事例1.jpg
写真Ⅰ-2 チンダル現象の事例2.jpg

写真Ⅰ-2 チンダル現象の事例

   上式で示したように、チンダル現象は光の散乱が原因で、原子やイオンのような小さな粒子では光を散乱しないが、コロイドぐらい
   の大きさの粒子では光をかなり強く散乱する。なお、疎水コロイドのチンダル現象は比較的はっきり現れるが、親水コロイドのチン
   ダル現象はあまりはっきり現れない。
   チンダル現象は、主にミー散乱によるものが大きい。レイリー散乱は、光の波長の依存性が高く、波長の短い青色の光は、赤色の光
   よりも強く散乱される。長い波長の光は粒子による散乱が少なく、波長の短い光ほど粒子にょる散乱が起きやすい性質がある。空が
   青いのは、レイリー散乱より説明できる。これは、大気中の微粒子により、青色の光が強く散乱されるからである。また、ミー散乱
​   は、波長の依存性が低いので、どの波長の光も同程度に散乱する。雲が白く見えるのは、ミー散乱が原因である。

 

表Ⅰ-5 ミー散乱とレイリー散乱の違い.jpg

表Ⅰ-5 ミー散乱とレイリー散乱の違い

 6.3 微粒子の運動
   微粒子は、その密度が媒質のそれよりも大きい場合、重力による下降運動するとともに、熱運動としてのブラウン運動も行ってい
   る。この両運動の兼ね合いで、粒子全体としての運動が決まる。


 (1) 沈降
   重力 Fgで下降する場合には、媒質から抵抗 Ffを受ける。上下方向の流れがない媒質中では、FgとFfがつり合うと粒子は等速 uで下
   降し、これを沈降という。
   粒子の半径 aの球とすると、浮力を補正した重力は、

    Fg = (4/3)πa3(ρ – ρo)g   (1)
    ρ・ρo:粒子・媒質の密度、g:重力加速度

   抵抗力は媒質の摩擦抵抗で、摩擦抵抗をf、下降速度を uとすると、

    Ff = f・u   (2)

   球状粒子は剛体でその濃度が希薄な場合(自由沈降)には、媒質の粘度をηとすると、

    f = 6πηa   (3)

   Fg = Ffの場合には、上記3式の関係より、下降速度 uは次式で示される。これをStokesの式という。

    u = 2a2(ρ – ρo)g/(9η)   (Ⅰ-14)

   なお、高速回転で遠心力を利用する場合には、重力加速度 g → 遠心力の加速度 ω2x(ω:角速度、x:回転中心から粒子までの距
   離)を用いる。この方法は小さい粒子の沈降・分離に用いられる。

 (2) ブラウン運動
   イギリスの植物学者であるRobert Brownは、1827年に植物の花粉から生じた微粒子が、不規則な運動をすることを発見した。し
   かし、発見当時、この現象は「花粉の生命力に基づくものである」と誤解されていた。Brownは、これをブラウン運動(Brownian
   motion)と名付けた。その後、他の微細な粒子でも、同様の現象が起こることが確認されたが、長い間その原因は不明のままであっ
   た。
   1905年に相対性理論で有名なAlbert Einsteinが、ブラウン運動の原因を突き止めた。Einsteinは、熱運動する媒質分子の不規則な
   衝突により、ブラウン運動が引き起こされるということを、統計力学を駆使して理論的に説明した。媒質に浮かぶ微粒子は、各瞬間  
   毎に非常に多くの媒質分子に衝突されているが、その衝突はデタラメに起こるので、ある瞬間に微粒子が受け取る運動量はつり合っ
   ていない。この衝突の不均衡のために、粒子が動くのである。
   ブラウン運動は粒子の不規則な熱運動であるから、統計的に計算できる。時間 tで z軸方向へ動く距離の平均 は、次式となる。

    <x> = (2Dt)1/2   (1)

   ここで、D は粒子の拡散係数である。これをEinsteinのブラウン運動という。さらに、Einsteinによると、

    D = kT/f   (2)

   f は摩擦係数で、前節<沈降>の式(3)を用いて、次に示すEinstein-Stakesの式が得られる。

    D = kT/(6πηa)   (Ⅰ-15)

   これを式(1)に代入すると、

    <x> = [kTt/(3πηa)]1/2   (Ⅰ-16)

   が得られる。
   ブラウン運動による粒子の移動は、粒子の個数濃度の濃い方から希薄な方へと起こる。上式によると、ブラウン運動による拡散の速
​   さは、粒径 aが小さいほど速く、また粒子の平均速度 <x>はボルツマン分布に従い、温度 Tが高いほど拡散は速くなる。

 

図Ⅰ-14 ブラウン運動のシミュレーションと動画.jpg

図Ⅰ-14 ブラウン運動のシミュレーション

 (3) ブラウン運動と沈降
   泥水のようなコロイドにおいて、泥の微粒子がなかなか沈降してこないのは、微粒子がブラウン運動をしているからである。重力に
   よって微粒子が沈降しても、ブラウン運動によって、微粒子は希薄になった上部へと拡散する。コロイド粒子が沈降して下部に沈積
   してしまうか、液中に浮遊しているかどうかは、媒質の粘度にもよるが、主として粒径に依存する。粒径が大きいものは沈降して、
   粒径が小さいものは拡散する。
   式Ⅰ-14と式Ⅰ-16から計算した、水中における球形粒子(ρ/ρo = 2.5)のブラウン運動と重力沈降の比較を図Ⅰ-15に示す。粒子半
   径が100nm付近(ao)で、移動距離と沈降速度が等しくなる。粒子径 a≪aoではブラウン運動が支配的となって粒子の分散状態が
   継続し、a≫aoでは粒子は沈降することとなる。
   a = 1μmレベルの粒子の沈降速度は3.6μm/sとなり、1mの深さに沈殿するのに3.2日を要する。上下左右の流れのある国内河川で  
   は、雨天時の泥水を構成する微細な粒子は沈降することなく海に流れ込むこととなる。

 

図Ⅰ-15 水中における球形粒子のブラウン運動と重力沈降の比較.jpg

図Ⅰ-15 水中における球形粒子のブラウン運動と重力沈降の比較
a:粒子の半径[nm]、u:重力による沈降速度[m/s]、<x>:ブラウン運動による平均移動距離[m/s]

 6.4 電気泳動
   表面が正あるいは負に帯電しているコロイド粒子は、電極を入れて電圧をかけると、表面電荷と反対符号の極へと移動する。これを
   電気泳動(electrophoresis)という。この現象から、コロイド粒子の表面が、正負どちらに帯電しているのかが決定できる。
   例えば、水酸化鉄(Ⅲ)・Fe(OH)3コロイド溶液を電気泳動させると、Fe(OH)3のコロイド粒子は、ゆっくりと陰極の方へ移動する
   ので、Fe(OH)3のコロイド粒子は、正に帯電していることが分かる。一般に正に帯電しているコロイド粒子を含むコロイドを正コロ
   イド(positive colloid)、負に帯電しているコロイド粒子を含むコロイドを負コロイド(negative colloid)という。
   粒子の移動は、粒子の大きさや形状、表面電荷、加えた電圧、pH、温度などによって影響され、異なるコロイド粒子を、移動速度の
   差を使って分離することもできる。これは、タンパク質・DNA断片の分離・分析などによく用いられる。なお、疎水コロイドの電気
   泳動の移動速度は比較的大きいが、親水コロイドは水和水のために、移動速度は小さい。

 

写真Ⅰ-3 DNA断片の電気泳動分析-活性汚泥・細菌群の16S-rDNA解析事例.jpg

写真Ⅰ-3 DNA断片の電気泳動分析-活性汚泥・細菌群の16S-rDNA解析事例

参考文献
1) 池上 徹(栗田工業KCRセンター):水処理教室-凝集処理、https://kcr.kurita.co.jp/wtschool/012.html
2) 化学工学協会編:化学工学便覧、丸善、1978
3) 北原 文雄・渡辺 晶:界面電気現象-基礎・測定・応用-、共立出版、1972
4) 北原 文雄:界面・コロイド化学の基礎、講談社、1994
5) 作花 済夫:ゾル-ゲル法の科学、アグネ承風社、1988
6) 小林 幹雄・他4名共編:数学公式集:共立出版、2005
7) 長谷川 裕也:コロイド化学、http://sekatsu-kagaku.sub.jp/colloid.htm
8) 福田 清成・中垣 正幸:コロイド化学の基礎、大日本図書、1969
9) 古澤 邦夫:ぶんせき、5、247-254(2004)
10) 粉体工学会編:液相中の粒子分散・凝集と分離操作、日刊工業新聞社、2010
11) 松村 淳司:界面・電気化学講義、http://res.tagen.tohoku.ac.jp/~liquid/MURA/kogi/kaimen/kaimen2002/2002-6.pdf
12) 用水廃水便覧編集委員会編:用水・廃水便覧、丸善、1973
13) Alonso, M. and E. J. Finn, E.J.: University Physics-Volume Ⅱ Field and Waves, Addison-Wesley Publoshing Co.,
​  1967
14) Bergdtrom, L.: Hamaker Constants of Inorganic Materials, Advances in Colloid and Interface Science, 70, pp.125-
​  169, 1997
15) Derjaguin, B.V.: Kolloid Z. (in German). Vol.69, No.2, pp.155–164, 1934
16) Hamaker, H.C.: Physica IV, No.10, 1058, 1937
17) Otterwill, RH & A. Watanabe: Kolloid. Z., Vol.170, p.133, Fig.1, p.135, Fig.4( 1960)

 

 
 
 
 
 
 
 

Ⅱ.解 説

解説(A) 粒子界面の静電気現象


粒子に特異吸着しない成分から構成されるz-z型電解質(電解質)液中に、荷電粒子(例えば、正に帯電)が存在するとき、粒子表面近傍の溶液は電気的中和を保つため、図Ⅰ-5・Cに示したように、界面電荷と反対符号のイオン濃度(n–:単位体積中の負イオン個数[1/m3])が高く、逆に同符号のイオン濃度(n+:単位体積中の正イオン個数)が低くなって、正と負のイオンの個数濃度差Δn(= n– – n+)が生じる。一方で、熱運動による拡散作用によって、正負のイオンは同一の個数濃度になろうとする。このように相反する静電気作用と熱拡散作用が働くが、界面から離れるにしたがって静電気作用は減衰して、ついには拡散作用のみとなるので、表面から遠く離れたところでは正負のイオン個数濃度は同一(n+ = n– = n∞)となり、正負イオンの濃度差Δnは消失する。

<イオン数濃度>
 拡散電気二重層内において電位Ψ[V]を示すある微少体積Δv中の正負イオンの個数濃度は、Boltzmann分布に従うので、それらの個数濃
 度は次式で示される。

  n+ = n exp[- zeΨ/(kT)]  n– = n exp[zeΨ/(kT)]   (A-1)
  n(= n∞):母液中の電解質の個数濃度[/m3]、
  n+・n–:拡散二重層内における正・負イオンの個数濃度[/m3]、
  z:z-z型電解質のイオン価数、e:素量電荷(1.60×10-19[C])、
  k:ボルツマン定数(1.38×10-23[J/K])、T:絶対温度[K]

<Poisson式>
 拡散層内における電位Ψの変化は、次のPoissonの式で示される。

  ∇2Ψ = – ρ/ε   (Ⅰ-2)
  ρ:電荷密度[C/m3]、ε:水の誘電率
  (7.08×10-10[N/m2/C2]、25℃)

<電荷密度>
 上式(Ⅰ-2)に示す電荷密度ρは、単位体積中の正負イオンの個数差にイオン電荷量zeを乗じて求められるので、式(Ⅰ-2)中の ρ は、式(A-
 1)を用いて次式で示される。

  ρ = ze(n+ – n–)
  = nze{exp[-zeΨ/(kT)] – exp[zeΨ/(kT)]}
  = – 2nze・sinh[zeΨ/(kT)]   (A-2)

<電位変化>
 ここで扱う電気二重層モデル(a≧1/κ)では界面を近似的に平面として扱うので、界面からその法線方向の溶液側にx軸をとると、式(A-
 2)を式(Ⅰ-2)に代入すると、次式が得られる。

  d2Ψ(x)/dx2 = (2nze/ε)×sinh[zeΨ(x)/(kT)]   (A-3)

 式(A-3)を x = ∞ (Ψ = 0) ~ x = 0 (Ψ= Ψo) の範囲で積分すると、次式が得られる。

  tanh[zeΨ(x)/(4kT)] = γexp(-κx)   (A-4)
  γ = tanh[zeΨo/(4kT)]   (A-5)

 式(A-4)を変形すると、界面電位Ψoを有する荷電粒子の表面から距離x(x≦a)における電気二重層の電位Ψ(x)は、次式で示される。

  Ψ(x) = 2kT/(ze)・ln[1 + γexp(-κx)]/[1 – γexp(-κx)]   (A-6)

 式(A-6)が求めるΨ(x)であるが、特に電位の低いzeΨo≪4kT(25℃で4zeΨo≪104mV)であるならば、式(A-6)のln[1 + γexp(-κx)]/[1
 – γexp(-κx)] = 2γexp(-κx)となる(Debye-Hukel近似)ので、次式のように簡略化される。

  Ψ(x) = 4kT/(ze)・γexp(-κx)]   (A-7)

 したがって、式(A-3)は、次式のように簡易化される。

  d2Ψ(x)/dx2 = κ2Ψ(x)   (A-8)

 式(A-8)を、式(A-4)を求めた同じ範囲で積分すると、式(A-4)の近似式として、次式が得られる。

  Ψ(x) = Ψo exp(-κx)   (Ⅰ-3)

<留意事項>
 電解質溶液中の分散粒子について、Boltzmann分布の式(A-1)およびPoissonの式(Ⅰ-2)を用いて正確なΨ(x)を求めることは困難を伴う
 ことから、球状粒子に限らず、様々なモデルに基づくΨ(x)を示す式が提案されている。また、実際に固液界面の構造は複雑であること、
 また、導電性電極では固液界面の電位Ψoが測定可能であるが、分散粒子の表面電位の測定は困難である。実際に測定可能な電位は、荷電
 粒子の動電現象による ζ-電位(図B-1、参照)である。また、現実の界面現象は、無機・有機の共存物質やpHによって様々な影響を受
 け、厳密な定量的な解析は複雑となる。したがって、水浄化の現場での凝集分離およびその操作条件は、ジャーテストによって実験的に
 確認され、その操作条件が決定される。
 以上のような理由により、水浄化分野における分散粒子の数量的取扱いにおいて、疎水性コロイド粒子に対しては、その挙動や傾向は近
 似式(Ⅰ-7)・(Ⅰ-8)で概略的な説明が可能である。疎水性粒子についての数量的取扱いは、前編Ⅰ-3や本解説(A)・(B)で記載している
 が、疎水性でない粒子の界面近傍の数量的扱いについては、複雑となるので省略する。

<電気二重層の厚さ>
 κ[/m]は二重層電位ψの変化を決める重要な量で、1/κ[m]は電位ΨがΨo/exp(1)に低下す表面からの距離を示すので、二重層の拡がりの
 指標となり、1/κを二重層の厚さまたはDebye長さという。式(A7)によると、NaCl水溶液では、1mmol/Lで10nm、0.l mol/Lで1nmと
 推定される。
 z-z型電解質の濃度と電気二重層の厚さを表A-1に示す。 2価・3価の金属イオンは配位水を有し、pHの上昇により酸解離してOH–が配
​ 位した錯イオンを形成し、予想される1/κよりも大きい値となることに留意する(詳しくは、解説(D)-1.電解質効果)。

 

表A-1 電解質溶液の電気二重層の厚さ.jpg

表A-1 電解質溶液の電気二重層の厚さ

解説(B) 疎水性2粒子系の相互作用


本解説(B)では、前解説(A)で扱った「疎水コロイド界面の電気二重層」に基づき、水溶液中で2つのコロイド粒子が接近したときの相互作用を数量的に扱う。最初に、コロイド系のモデルと相互作用の結論を示し、この結論に至る説明を行う。
なお、コロイドに関する本モデルは、次の条件に限定したものとする。
・水溶液内の荷電粒子は球状で、表面電位Ψoとする。ただし、単原子イオンなどÅレベルの小さなイオンが特異吸着している場合には、
 Stern電位ΨδをΨoとする(図B-1を参照)。
・荷電粒子は疎水性とし、粒子表面に水和層の形成はなく、さらに、特異的に吸着する複雑なイオン(界面活性剤イオン、高分子イオン、
 高原子価イオン、錯イオンなど)は共存しないものとする。
・水溶液内に共存する正負イオンはz-z価の対称電解質が完全解離したものとする。
・電気二重層の厚さ(1/κ)は10nm以下(例えば、NaCl濃度>1mmol/L)で、ここで扱う粒子の半径 aは100nm~1μm程度とすると、2
 粒子が接近してそれらの電気二重層が重なったとき、その重なり領域に対応する粒子表面は近似的に平面(具体的には円板)として扱う
 ことができるものとする(a≫1/κ)。

<電気二重層のモデル>
 様々な電気二重層モデルが提案されているが、代表的をものを、次の図B-1に示した。
 Helmholtzは金属表面の電荷と、これを中和する溶液中のイオンが向かい合って並んでいるいて、これを平行コンデンサーが形成される
 ようなモデルを考えこれを電気二重層と呼んだ(図B-1・A)。
 次に、イオンには熱運動を行って均一に分布する作用が働く。したがって、界面近傍の過剰な対イオンは、重力場内の分散系粒子の沈降
 平衡に似た拡散的な分布をとる。このことから、二重層内の電位低下は界面付近で急激で、界面から遠ざかるにつれてなだらかとなる。
 これをGouy-Chapmanの拡散二重層のモデルである(図B-1・B)。
 しかし、このような拡散二重層のみによって計算した値は、測定値よりも一桁大きく、むしろHelmholtzのモデルによる値がずっと測定
 値に近い。この矛盾を解決するために、Sternは金属表面のすぐ近くにはイオンの特異吸着(Stern層)があって、この外側にGouy-
 Chapmanの拡散二重層が広がっているようなモデルを考えた(図B-1・C・D)。
 このような表面の電荷と帯電粒子の固定相、および拡散二重層を総括して界面電気二重層と呼ばれる。本モデルで取り扱う対称は、この
​ 図中の(B)または(C)とする。

 

図B-1 粒子と電解質溶液の界面近傍における電気二重層のモデル.jpg

図B-1 粒子と電解質溶液の界面近傍における電気二重層のモデル

<コロイド粒子の分散と凝集>
 一般に、水中の微細粒子はその表面が帯電していて、その静電的反発力によって粒子の凝集作用が阻害され、ブラウン運動により水中に
 分散している。ところが、pH変化や電解質添加によって、凝集して粗大粒子(約10μm以上)となるとブラウン運動よりも重力作用が大
 きくなって沈降(または浮上)したりする(図Ⅰ-15、参照)。ここでは、ブラウン運動の影響が大きい100nm~1μ前後の粒子をモデル
 として取り扱う。
 粒子間には、静電気的反発力(分散力)PR [N/m2]とvan der Waals引力(凝集力)PA [N/m2]の2つの相互作用が働き、これらの合
 力は次式で示される。

  P= PR + PA   (Ⅰ-4)

 一方で、コロイド系の安定性は、その系の状態を分散エネルギーVR[J]および凝集エネルギーVA [J]を総和した自由エネルギーVに依存
 する。

  V = VR +VA   (Ⅰ-5)

 本章の冒頭に記載した電気二重層モデルの条件下では、半径 a[m]の2個の荷電粒子が、遠くから粒子界面距離 h[m](<a)に接近した
 ときの相互作用力P(h)および自由エネルギーV(h)は、次式で近似的に示される。

  P(h) = 2πaεκΨo2 exp(-κh) – aA/(12h2)   (Ⅰ-7)
  V(h) = 2πaεΨo2 exp(-κh) – aA/(12h)   (Ⅰ-8)
  κ2 = 2nz2e2/(εkT)   (Ⅰ-9)
  κ = 3.3×109z√C [/m] (T = 298K)   (Ⅰ-10)

 ここで、式(Ⅰ-7)~式(Ⅰ-10)において、Ψo:粒子-水界面における電位[V]、ε:水の誘電率(7.08×10-10[N/m2/C2]、25℃)、A:
 Hamaker定数、z:z-z型対称電解質の価数、n:単位体積中の電解質イオン個数[1/m3](n = n∞:図Ⅰ-5・C、参照)である。
 なお、25℃の水溶液では、電荷質濃度C[mol/L]とすると、n = 103NAC[/m3] (NA:Avogadro定数、6.02×1023[/mol))である
 ので、式(Ⅰ-9)は式(Ⅰ-10)で示される。
 式(Ⅰ-7)・式(Ⅰ-8)に基づいて、試算した結果の事例を図Ⅰ-6~図Ⅰ-8に示した。これらの式の導入過程にあっては様々な近似と簡略化
 が行われているが、コロイド粒子の水溶液中における挙動の概要を説明できる。以下に、これらの式の導入過程について解説する。詳し
 くは、ページボトムに記載の参考文献(北原・渡辺, 1972、北原, 1994や粉体工学会, 2010など)を参照されたい。

<計算ソフト>
 参考までに、式(Ⅰ-7)・式(Ⅰ-8)に各パラメーターの値を入力して実際に計算し、その結果を図示するExcelファイルを本サイトのサーバ
 ーに保存してあるので、目次-付録からダウンロードして試算されると理解が深まると思われる。具体的な粒子のHamaker定数は数多く
 求められているので、文献(Bergdtrom, 1997や粉体工学会, 2010)を参照されたい。


1.荷電粒子間の静電相互作用
 水溶液中で、荷電粒子が互いに接近すると、両者の電気二重層に重なりが生じ(前記図Ⅰ-5・D)、重なり領域の対イオン個数濃度を増
 加させる。この結果、表面荷電の静電気的反発作用に加えて、この領域の浸透圧Π[N/m2]が増加して自由エネルギー(= Πv [Nm=J]、
 v:重なり領域の体積)が増大することとなる。
 しかし、2つの粒径粒子の二重層の重なりによる自由エネルギーの増加量の計算はかなり複雑である。そこで、粒子径 a(100nm以上)
 が二重層の厚さκ(10nm前後)の10倍以上、すなわち、a≫1/κであれば、二重層の重なりを2枚の同符号に荷電した平行板に近似して扱
 うことができる(電気回路で多用されるコンデンサーの極板は正負の対符号で帯電していることが大きな相違である)。多くの場合、こ
 の近似モデルでその概略を満足に説明できる結果が導かれる。
 ここで、2枚の同サイズ・同符号に帯電の平行板の単位面積あたりに働くは力Pp[N/m2]は式(B-1)に示すように静電気力Peと浸透圧Po
 の和となり、PeとPoは、それぞれ式(B-2)および(B-3)で示される。

  Pp = Pe + Po   (B-1)
  Pe = -(ε/2) (dΨ/dx)2   (B-2)
  Po = (n+ + n–)kT – 2nkT   (B-3)

 一般に、Poは常にPeよりも大きく、さらに二重層の重なりによって表面電位Ψoに変化がなければ、Peを無視できる。この理由は、同
 サイズで同符号に帯電した平行板であれば、それらの中間距離での面上では、その対称性から電界[V/m]はdΨ/dx = 0となり、Poのみを
 考えればよいこととなる。

1.1 荷電平行板の静電相互作用(Derjaguin近似)
 式(B-1)(≒ 式(B-3))に式(A-1)を代入すると、平行板に働く単位面積あたりの力Pp(h)は、次式で表される。

  Pp(h) = 2nkT{cosh[zeΨ(h/2)/(kT)] – 1}   (B-4)
  h:2平行板間の距離[m]、Ψ(h/2):中間点における電位[V]

 式(B-4)は複雑であるので、以下に示す近似を行う。
 電位が低く、また電位の重なりが余り大きくない条件では、図B-2に示すように、式(A-6)で表される単独粒子の電気二重層の電位
 Ψ(h/2)の2倍に相当するものと考えると、Ψp(h/2) = 2Ψ(h/2)、となる。
 次に、zeΨ/4kT≪1の時には、解説(A)の式(A-7)の近似式にx = h/2を代入すると、次式が得られる。

  Ψp(h/2) = 2Ψ(h/2) = 8kT/(ze)・γexp(-κh/2)   (B-5)
  γ= tanh[zeΨo/(4kT)]   (A-5)

 ここで、 式(B-4)の右辺のcosh項についてテイラー展開して3次項までの近似、cosh y ≒ 1 + (1/2)y2、を用い、この近似式に式(B-5)
 を代入すると、次式が得られる。

  cosh[zeΨ(h/2)/(kT)] ≒ 1 + (1/2)[zeΨp(h/2)/(kT)]2
  = 1 + 32γ2exp(-κh)

 上式を式(B-4)に代入すると、次式で示される。

  Pp(h) = 64nkTγ2 exp(-κh)   (B-6)

 以上のことから、同サイズの2枚の平衡した荷電平行板を遠距離∞からhまで接近させたときの単位面積あたりの必要エネルギー
 Vp[J/m2]は、式(B-6)を積分すると、次式で表される。

  Vp(h) = -∫Pp(h)dh (h = ∞ → h) = (64nkTγ2/κ)exp(-κh)   (B-7)

 

図B-2 同符号に荷電した2枚の平行板による電気二重層の重なり.jpg

図B-2 同符号に荷電した2枚の平行板による電気二重層の重なり

1.2 2粒子間にはたらく静電相互作用
 粒子間の静電相互作用は、粒子半径 aとデバイ長の逆数κとの積κaの大きさによって基礎式もその近似解法も異なる。
 図Ⅰ-5・Dに示すように、本モデルの条件(a≫1/κ)では電気二重層の厚さが小さいので、Deriaguin近似を導入して球を半径 aの薄い
 円板と考えると、この2枚の円板間の静電相互作用力FR(h)は、次式で示される。

  FR(h) = 2π{a2/(a+a)}Vp(h) = πaVp(h)   (B-8)

 式(B-7)を上式に代入して、h = ∞ → h の範囲で積分すると、静電相互作用によるVRエネルギーとして、次式が得られる。

  VR(h) = 64πankTγ2/κ2 exp(-κh)   (B-9)

 式(B-10)についても同様に計算するか、または、PR(h) = – dVR(h)/dhからも求められる。

  PR(h) = 64πankTγ2/κ exp(-κh)   (B-10)

 解説(A)の式(A-5)において、zeΨo/(4kT)≦1のとき、γ = tanh[zeΨo/(4kT)] ≒ zeΨo/(4kT)となり、この近似したγと式(Ⅰ-9)で示す
 κを上記の式(B-9)・(B-10)にそれぞれ代入すると、次の近似式が得られる。

  PR(h) = 2πaεκΨo2 exp(-κh)   (B-11)
  VR(h) = 2πaεΨo2 exp(-κh)   (B-12)

1.3 本モデル以外のコロイド系
<厚い二重層または小粒子系:a<1/κ >
 このケースでは、Deriaguin近似が適用できず、Debye-Hueckel近似を適用した次の式が得られている。

  VR(h) = 4πεΨo2a2/(h + 2a)・exp(-κh)   (B-13)

<広範囲のκaへ適用可能な式>
 Debye-Hueckel近似のもとで、粒子間のPoisson-Boltzmann方程式の近似解から得られた次式が提出されている。

  VR(h) = 4πεΨo2a(h + a)/(h + 2a)・ln[1 + a/(h + a)・exp(-κh)]   (B-14)

 式(B-14)は、近距離 h≪aでは、a≫1/κの式(B-12)になる一方、遠距離 h≫aではa<1/κの式(B-13)に収束するので、広範囲のκaに適用
​ 可能と考えられている。

2.粒子間のvan der Waals相互作用
 2つの原子間に働くLondon-van der Waal力は短距離力でそのポテンシャル力はその原子間距離の6乗に逆比例するので、遠距離におい
 てはその作用は働かない。しかし、コロイド分散系の各粒子には極めて多数の原子が含まれているので、これらの相互作用を加え合わせ
 ると、原子間に比べて粒子間引力は遠方にまで作用することとなる。
 Hamker(1937)は、2枚の平行板および球形粒子間に働く引力のポテンシャルエネルギーVAを計算した。球形粒子間については、次
 式で示した。

  VA = – (A/6){2/(S2 – 4) + 2/S2 + ln(s2-4)/s2}   (B-15)

 ここで、s = 2a + h、a:粒子半径[m]、h:粒子の最短表面間距離[m] である。a≫hの場合には、次式で近似される。

  VA = – aA/(12h)   (B-16)

 なお、2粒子間の引力PAは、式(A-16)を微分して次式で示される。

  PA = aA/(12h2)   (B-17)

 

解説(C) 粒子界面電荷の発生

 

固体と水との界面には一般に電荷が発生する。固体と気体との界面電荷は本質的には電子によるものであるが、水との界面に発生する本質は何か。溶液中では電気的に中性を保つため、電解質(電解質がない場合には、H+とOH–)の正・負のイオンは均等に分布している。
ところが、固体と液体の界面は様々な原因により、正または負に荷電している。そこで、界面電荷と反対符号の対イオンは、この電荷に引き付けられそのイオン数が増加している。しかし、この正・負のイオンが不均等領域は数十nmオーダーのミクロ的なものであり、マクロ的に見ると電気的中性を保っている。この正・負イオン数の不均等をもたらす原因は固体および液体中の電解質の組合せによって、様々に異なる。以下に、界面電荷が発生する代表的な事例について記載する。

 

<難溶性イオン結晶>
 AgI、BaSO4、CaCO3などの物質では、結晶を構成するイオンのいずれかが溶液中に存在すると、それが結晶表面に付着して界面電荷

 を与える。このイオンを電位決定イオンという。
 例えば、AgNO3とKI の溶液を混合してAgI 粒子のコロイド溶液を生成させるとき、KI を過剰に加えると、I–が粒子表面に付着して負の

 電荷を与える。AgNO3を過剰にすると、Ag+が付着して粒子は正の電荷をもつ。Ag+とI–はAgI 粒子に対する電位決定イオンである。
 この事例では、K+やNO3–は、AgI 結晶と反応しない無関係イオンである。Ag+とI–の濃度が等しいとき、粒子表面の電荷は’0’となり、 

 この状態を電荷ゼロ点(ZPC、zero-point of charge)という。このように電位決定イオンを持つ粒子では、その界面電荷を電位決定

 イオンの添加によって、正負いずれにも自由に制御することができる。
 

<水酸化物・酸化物>
 酸化物固体は水と接すると、表面は水和して-OH基を有するようになる。この-OH基がH+の取込または放出によって正または負に帯 

 電することとなる。pHが低いときには、H+が-OH基のOの孤立電対に付加して正の界面電荷(-OH2+)を与える。pHが高くなる

 と、-OH基がH+を放出して負の界面電荷(-O–)を帯びる。前記の高低の中間的なpHoにおいて界面電荷が’0’になり、これを等電点

 (iep、iso-electric pont)という。酸化物には酸性・塩基性の違いがあり、iepは物質によって異なる。酸性酸化物は低いpHで界面電荷

 は正から負に変化し、塩基性酸化物は高いpHで正から負に変化する。
 代表的な酸化物表面の等電点については、前章Ⅰの表Ⅰ-4に示した。

 

<表面解離基>
 カーボンブラック、イオン交換樹脂などは表面に-COOHや-OHが存在し、これらの弱酸性基は水中で解離して、これらの粒子に負の

 界面電荷を与える。繊維の中で、木綿、レーヨン、ビニロン、テトロン(ポリエステル系)は-COOHを有し、中性の水中で負の界面電

 位を有する。
 タンパク質は-COOHおよび-NH2を有しており、低いpHで正に帯電(-NH3+)し、あるpHoで等電点を示し、さらにより高いpH

 で負に帯電(-COO–)する両性物質である。繊維の中で、絹やナイロンはタンパク質系であるので、両性で等電点pHoを有するが、そ

 れらの構造によってpHoは異なる値を示す。
 

<H+またはOH–の優先付着>
 純水中の油滴や気泡は負の電荷を帯びる。これはH+のほうが水に対する親和性が強く、界面にOH–イオンが偏在することによる。

 

<吸着性イオン>
 正または負の界面活性剤イオンや高価イオンのような吸着性の物質が存在すると、粒子にこれらの吸着性物質が付着して粒子が帯電する

 こととなる。

解説(D) 電解質効果とSchulze-Hardy法則

 

1.電解質効果
 前記Ⅰ-3.2において、NaCl添加による疎水コロイドの分散・凝集の効果について、数量的に説明した。ここでは、コロイドの分散・凝集

 に対する全般的なな電解質の作用について解説する。
 

(ⅰ)無関係塩
 吸着性のない無機イオンは次節で述べるSchulze-Hardyの法則に従う。留意すべきことは、水に溶解したZn2+、Cu2+、Al3+、

 Fe3+などの多価金属イオンMm+には水分子が配位して錯イオン[M(H2O)n]m+(n:配位数)を形成する。この錯イオンは、pHにより

 酸解離し、OH–が配位した錯イオン[M(H2O)n-p(OH)p]+(m-p)(n≧p≧1)を作り、予想される2価、3価イオンとしてより低いcfcを

 示すので注意を要する。
 

(ⅱ)界面活性剤イオン
 界面活性剤はvan der Waaals力による粒子への吸着力が強く、解説(B)の図B-1・Dに示したように、イオン性界面活性剤はΨδ(また

 はζ-電位)を大きく変えるので、Schulze-Hardyの法則には従わない。
 事例として、AgNO3を加えて正に帯電したAgI ゾルに、陰イオン性界而活性剤(アルキル硫酸ナトリウム CnH2n+1OSO3Na)を添

 加したときのζ-電位の変化、それに対応するW(後述する分散系の安定度定比)の変化を、それぞれ図D-1と図D-2に示す。陰イオン性活

 性剤の増加とともにζ-電位は低下し、ζ-電位が’0’となる濃度Coを超えるとζ-電位は負の値を示すようになる。活性剤濃度が Coでは、

 AgI コロイドは急速凝集することとなる。図D-2に示すように、反対符号イオンの界面活性剤の添加によって凝集作用を示すが、添加量

 がCoを超えると逆に分散作用を示すこととなる。炭素数 nが大きくなるほど、疎水性コロイドへの吸着力が強くなるので、低濃度のCo

 を示している。

図D-1 AgIの陽性ゾルにアルキル硫酸ナトリウムの添加濃度とζ-電位の関係.jpg

図D-1 AgIの陽性ゾルにアルキル硫酸ナトリウムの添加濃度とζ-電位の関係
測定値(Otterwill & Watanabe, 1960)を次式でフィッティングした。
ζ = ζo tanh[(X – b)/a]、X = log x
ζo:120[mV]、x:添加濃度C[mol/L]、C10:a = 1.6;b = -3.2、C12:a = 1.0;b = -4.4、C14:a = 0.8;b = -4.8

図D-2 AgIの陽性ゾルにアルキル硫酸ナトリウムの添加濃度と安定度比(W)の関係.jpg

図D-2 AgIの陽性ゾルにアルキル硫酸ナトリウムの添加濃度と安定度比(W)の関係
測定値(Otterwill & Watanabe, 1960)を次式でフィッティングした。
Log W = c {cosh[a(X – b) – 1}、X = log x
C10:a = 2.0;b = -3.2;c = 0.8、C12:a = 1.0;b = -4.2;c = 3.8、C14:a = 0.5;b = -4.8;c = 16

(ⅲ)有機イオン、錯イオン
 これらは吸着性があるのでこを変える作用をする。表D-1のCH3COOKはその一例で、Schulze-Hardyの法則から外れる。
(ⅳ)電位決定イオン
 表D-1のAgIゾルに対するAgNO3(Ag+が吸着イオン、NO3–は無関係イオン)がその一例である。強い吸着性(析出性)を示すので、

 負のゾルのζ電位を著しく変え、異常に低いcfcを示している。

2.Schulze-Hardyの原子価法則
 分散系では「Ⅰ-3.2 コロイドの分散・凝集の因子」で述べたように、分散といっても遅い凝集にすぎないのであって、分散と凝集は連

 続的であり、その境界は明確ではない。実験方法によってもその境は異なる。しかし、ある条件の下で決めれば境界は相対値として意味

 がある。
 疎水コロイドに電解質を加えるとき、その濃度がある値以上になると急速に凝集が起きる。この最低濃度を臨界凝集濃度(cfc)または単

 に凝集濃度という。凝集濃度は測定法で異なるが、精度のよいのは、次項で述べる安定度比Wの電解質濃度変化を求める方法である。こ

 の方法で得られた代表的なデータを表D-1に示す。

表D-1 分散コロイドの臨界凝集濃度cfc.jpg

表D-1 分散コロイドの臨界凝集濃度cfc [mmol/L]

 この表から1、2の例外を除き、凝集濃度は、コロイド粒子と反対電荷のイオンの価数zのn乗に逆比例することがわかる。たとえば、1価

 のグループと2価、3価のグループの凝集濃度の比は、1 : 1/2n、1 : 1/3nとなる。これをSchulze-Hardyの原子価法則という。この表

 では n ≒6となっている。
 例外は吸着性の大きい有機イオンを含む電解質(CH3COOK)と、同じく吸着性の大きいイオンを含む電解質AgNO3(Ag+が電位決定

 イオン)の場合である。前項のDLVO理論では粒子の相互作用に際して表面電位Ψoは変化しないとしている。すなわち、この法則では非

 吸着性の電解質が対象である。
 次のようにして、DLVO理論からSchulze-Hardy法則を導くことができる。
 今、図Ⅰ-6に示す粒子の分散・凝集の分岐点をVmax = 0とすると、その極大値においては dV/dh = 0である。ここで、VRとして式

 (B-9)を、VAとして式(B-16)を式(Ⅰ-5)に代入し、V = 0 およびdV/dh = 0、という条件から、次式が得られる。

 

  Cf = αε3T5γ4/(A2z6) ∝ 1/z6   (C-1)
  α:定数、Cf:モル濃度で表したcfc

 

 上式から、cfc は 1/z6に比例しており、DLVO理論からもSchulze-Hardyの原子価法則が説明できる。

解説(E) 凝集速度

 

コロイド系の安定性については、Ⅰ-3および解説(B)で述べた。しかし、コロイド系は永久的に持続するものではなくて、凝集するには高い壁があって、その壁を越える速度が遅いのである。ここでは、コロイドの凝集速度について、簡単に説明する。
凝集が、2粒子の衝突で起こる。凝集した2粒子1個と考え、凝集粒子は再分散しない不可逆系とする。一定体積中の粒子数をNとすると、凝集速度は次式で示される。


 – dN/dt = kcN2   (E-1)

 

kcを凝集速度定数という。初期粒子数をNoとすると、上式を積分すると、
 

 1/N – 1/No = kct   (E-2)
 

<急速凝集の速度>
 急速凝集のときの速度定数をkocとおくと、Smoluchowskiの拡散律速の理論より、

 

  koc = 8πDa   (E-3)

 

 ここで、Dは粒子の拡散係数、aは粒子半径である。Dについて、Einstain-Stokesの式
 

  D = kT/(6πηa)   (Ⅰ-15)

 

 を式(E-3)に代入すると、
 

  koc = 4kT/(3η)   (E-4)

 

 が得られる。また、式(E-2)において、半減期 t = t1/2、N = No/2を代入すると、
 

  t1/2 = 1/(kocNo) = 3η/(4kTNo)   (E-5)

 

 上式が示すように、急速凝集の速度定数は拡散律速であるので、温度Tと媒質の粘度ηのみで決まってしまう。25℃の水中において、No

 = 6×1016個/m3の時、半減期は2.8秒と計算される。

 

<緩慢凝集>
 緩慢凝集の速度定数を一般にkcとおき、

 

  W = koc/kc   (E-6)

 

 というWを定義し、これを分散系の安定度比と名付けている。Wは、その値が大きいほど凝集は遅く安定性がよいこととなり、分散・凝

 集の定量的尺度となる。W値は実験的にkocとkcの値を求めることによっても得られる。たとえば、粒子数またはそれに対応する物性

 (濁り度)を時間的に追跡して、kocとkcの値を求める。
 また、Reerink-Overbeekによる次の関係からWを計算することができる。

 

  W = 1/(2κa)・exp[Vmax/(kT)]   (E-7)

 

 2κa ≒ 1とすると、Vmaxが増すと指数関数的にWは増加する。Ⅰ-3.1 の<疎水コロイドの凝集と分散>で述べたように、Vmaxが一桁

 くらいでは分散系は不安定である。溶媒の粘度・温度などの条件にもよるが、Vmax>15kTになるとかなり分散性がよいこととなる。
 たとえば、Noを一定とすると、t1/2は kcに逆比例することから、急速凝集の半減期を to1/2とすると、W = t1/2/to1/2となる。今、

 to1/2 = 1 [s]、2κa = 1として、Vmax = 15kTを式(E-7)に代入すると、t1/2 = exp(15) [s] = 38 [日]となる。

解説(F) 表面張力と界面活性

 

この章では液体の表面張力について述べる。固体にも表面張力が存在するが、液休と異なる点は、(1) 表而張力のほかにひずみが残存していること、(2) 液体よりもその値がはるかに大きいこと、(3) 一般的な測定法がないこと、などである。
 

1.表面張力の意義とその温度変化
 表面張力は熱力学的にいうと、「表面を単位面積だけ拡げるのに要する仕事」である。これは、図F.1のように、金属線の枠に張ったセッ

 ケン膜の拡張で調べることができる。
 膜は表裏2枚ある。表面張力をγとする。表面の縮もうとする力2l γに抗して距離dXだけ動かす仕事δwは、

 

  δw = 2l γdx   (F.1)

 

 である。Aを全膜面積とすると、A = 2l xだから、式(F.1)は

 

  δw = γdA   (F.1’)

 

 となる。式(F.1’)を変形して

 

  γ= δw/dA   (F.2)

 

 この式の右辺は単位面積当たりの仕事量である。仕事量は自由エネルギー変化であるから式(F.2)より

 

  γ = dG/dA   (F.3)

 

 または、積分して、
 

  G = γA   (F.4)

 

 式(F.3)より、表面張力は比表面自由エネルギーともいえる。表面を新しく作るときの余分の自由エネルギーが表面に蓄えられ、その表

 面を維持していることと理解できる。
 液体(l:liquid)の表面張力は温度が上昇すると低下する。表面張力の温度変化は次のRamsey-Shieldsの式で表される。

 

  γ(M/ρl )2/3 = k(Tc – T – 6)   (F.5)
  M、ρl:液体のモル質量、密度;M/ρl:モル体積、Tc:臨界温度(Kで表す);T:絶対温度;k:定数

 

 上式で’6’は経験的に導入された数値である。片山正夫は次式のように、気体(g:gas)の密度ρgの導入により’6’を不要にした。

 

  γ[M/(ρl – ρg)]2/3 = k(Tc – T)   (F.6)

図F.1 表面張力のモデル実験.jpg

図F.1 表面張力のモデル実験

 

2.表面張力の測定
 液体の表面張力を測定するときには、測定器を清浄にしておくとに注意する。特に、油類の付着、混入を避ける。液体が接触する部分に

 触れたてはならない。多くの測定法があるが、よく利用される3つの方法について簡単に触れる。


2.1 リング法
 液面に金属(一般に、白金)のリングを接触させ、このリングを吊り上げ、液面からリングが離れるときときの力 f をねじり秤で読む。

 fと表面張力γとの間には、次の関係がある。この方法は、簡便なのでよく使われる。

 

  f = 4πrγβ   (F.7)
  r:リング半径、β:補正係数


2.2 吊板法
 リングの代わりに、ガラスなどの薄い板を吊るし、これを液に浸す。力 f は板の重さと表面張力の和となる。板を液面に接触させる場合

 もある。このとき、正方形の板の一辺の長さをl、板の厚さをd、板の質量をmとすると、  

  

  f = mg + 2γ(l + d)   (F.8)

 

 ここでは板に対する液の接触角を’0’としている。この方法によると、正しい静的表面張力が求められる。


2.3 液重法、液容法、滴数法
 先端部分が毛管になっているガラス製器具(滴数計)を用いる。先端からゆっくりと液滴を落下させ、液滴の質量 m、または体積 Vを測

 るか、目盛り a、bの間の液量が落下するときの滴数を数える。m、Vについては次の関係がある。

 

  2πrγ = mgφ = Vρgφ   (F.9)

 

 ここで、r は先端部の外側の半径,ρは液体の密度、φは補正係数で文献から求められ
 る。滴数法では、表面張力既知(γoとする)の液体と、未知(γとする)の液体についで、滴数 no、nを測定すると、滴数は1滴の体積

 に反比例するので、式(F.9)から、

 

  γ/γo = ρno/(noρ)   (F.9′)

 

 の関係が得られる。この装置は簡便・廉価であり、注意深く実験すればかなり正確な値が得られる。


3.曲面の表面張力に関する現象
 微小な液滴、毛管中の液㈲は曲率半径が小さく、平面とは異なる現象が出現する。曲面が球面という特別の場合で考える。


3.1 曲面の全圧
 図F.4のように、液面が凹と凸の場合を平面と比べてみる。曲率半径を rとし、凹の場合を r>0とする。表面近傍の全圧をPl 、Pgとし、

 

  ΔP = Pg – Pl とおくと、次の関係がある。

  ΔP = 2γ/r   (F.10)
  γ:液体の表面張力

 

これをYoung-Laplaceの式という。


<説明>

 図F.5のような液中の球状気泡(半径 r)がΔPで平衡にあるとする。気泡をdrだけ膨張させたとすると、気体のした仕事はΔPdv =

 ΔP×4π r2drである。このとき液体側は次の表面拡張の仕事γdA = r×8π rdrをする。この両者はつり合っているので等しいとおいて式

 (F.10)が得られる.
 式(F.10)を理解するには,液面を凹に保っておくために、外から余分の圧を加えておく必要があると考えればよい。ΔPは毛管中を液が上

 昇する駆動力であり(ただし、液が壁をぬらす場合)、泡の液膜中で液がプラトー領域へ流れる駆動力でもある。2枚の板の問にこれをぬ

 らす液があると板は互いに引きっけられる。このΔPは一般に毛管力または毛管圧といわれる。

図F.4 曲面における気相・液相の全圧(Pg、Pl )の違い.jpg

図F.4 曲面における気相・液相の全圧(Pg、Pl )の違い
液面:(a) 凹面(r>0)、(b) 凸面(r<0)、(c) 平面

図F.5 図F.4(a)に対応する凹状液面のモデル図.jpg

図F.5 図F.4(a)に対応する凹状液面のモデル図

 

4.界面張力と表面張力の関係
 これまでは表面張力と界面張力との違いを特に意織しなかったが、ここでは両者の違いとその関係を述べる。液・液間の界面張力は表面

 張力と同様な方法で測定することができる。ただし、液体間の相互溶解度があるので、正しい値を得るためには、十分溶解平衝に達して

 から測ること、リング、吊板が下部液でよくぬれること、滴数法などでは、毛管先端が流下する液でよくぬれることが必要である。表面

 張力と界面張力をつなぐ式がFowkes[1964]によって提出された。添字w、oで水、油を表し、owの添字は界面張力を示すとすると、

  γow = γo + γw – 2(dγo・dγw)1/2   (F.14)

 ここで、前下付きdは分散力成分であることを示す。無極性の油では分散力しか作用していないのでdγo = γoである。
 

<説明>

 式(F.14)は次のようにして導かれる。表面張力は分子間力に起因する。分子問力を水では分散力 dと水素結合 hとに分け、表面張力は

 それぞれの力の寄与の和と仮定する。

 

  γ = dγw + hγw   (F.15)

 

 水銀のような金属では、分散力と金属結合 mに分けて,

 

  γHg = dγHg + mγHg   (F.16)

 

 と仮定する。2種の分子間の相互作用力は分散力の幾何平均、すなわち、(dγo・dγw)1/2で表されると仮定する。図F.7において、油の

 分子に働く力は油どうしの凝集力(表面張力)と、油と水との相互作用力であり、前者は界面張力に対してプラスに、後者は界面張力を

 減らす方向に働く。水分子に対しても同様に考えられるので、全体として界面張力γowは式(F.14)となる。
 

  γow、γo、γwの実測から式(F.14)を用いてdγwが求められる。Fowkesは種々の脂肪族炭化水素と水の界面張力データから、dγwを

 

 得て、式(F.15)からhγwを得ている。すなわち、

 

  dγw = 22 [mN/m]

 

 したがって、

 

  hγw = 50 [mN/m]

 

 また、水・水銀の組み合わせから、dγHg、mγHgが得られた。このようにして、多くの液体の衣面張力の各成分が得られる。

図F.7 油・水の界面の分子に働く力 [Fowkes, 1964].jpg

図F.7 油・水の界面の分子に働く力 [Fowkes, 1964]
大きい○:油分子、小さい○:水分子

 

5.溶液の表面張力
 溶媒として、最もよく用いられ、表面張力が特に大きい水を対象とする。水溶液の表面張力も純液体の場合と同様にして測定できる。た

 だし、この場合は溶質の吸着が起き、その速度に遅速がある点に問題がある。たとえば、界面活性剤は吸着平衡に達するのに数秒を必要

 とする。すなわち、吸着平衡に達したときの値、静的表面張力と、吸着過程における値、動的表面張力との差の問題である。これを区別

 して測るには吊板法がよい。短時間内の動的値を測るには他の方法がある。特に断らないかぎり、吸着は速いとし、静的表面張力を対象

 とする。
 溶質の種類により表面張力の濃度変化を2大別することができる.濃度が増すと、水溶液の表面張力が減少する場合[図F.8(a)(b)]とわず

 か増加する場合[図F.8(c)]とである.前者は溶質が有機化合物の場合に、後者は無機塩の場合に現れる。前者のように、濃度増加によっ

 て表面張力が低下する現象を界面活性といい、この場合の溶質を界面活性物質という。前者の内、曲線(a)のように、表面張力の低下が特

 に顕著で,γ-c 曲線に折れ曲がりが生じるような溶質を界面活性剤という。界面活性物質には分子中に、親水基と疎水(親油)基とが含

 まれており、これらを広く、両親媒性物質ともいう。表面張力が低下するのは溶質が表面に吸着するためであり、吸着と表面張力の変化

 とを理論的に結び付けているのがギブスの吸着式である。

図F.8 水溶液の表面張力と溶質濃度との関係の模式図.jpg

図F.8 水溶液の表面張力と溶質濃度との関係の模式図

 

6.ギブスの吸着式
 界面の濃度が内部の濃度に比べて差があるとき、吸着が起きているという。普通、界面濃度のほうが大きい場合をいうが、逆の場合(負

 の吸着という)もある。Gibbsは熱力学的に吸着と表面張力の濃度変化との関係について次式を得た。

 

  Γ = – c/(RT)・dγ/dc   (F.17)

 

 ここで、Γ は界面と内部の濃度差を表す量で、界面過剰濃度といわれる。低濃度のときは近似的に吸着量としてよい。cは溶質濃度である

 が、厳密には活量を用いなければならない。
 

<説明>

 図F.9に示すように,α相とβ相はSSの界面で接している。SSの面近くにα相側、β相側にそれぞれ AA、BBの面を任意にとり、これに挾

 まれた領域を界面相δとする。今、簡単のため、β相を空気、α相を成分1、2からなる溶液とする。ここで、各成分について、内部の組成

 のままで内部からAAまで存在するとしたとき、界面相に残っている成分量[mol]をσn1、σn2とする。すなわち、σn1 = n1 – c1VA

 (n1は成分1の全量[mol]、c1はそのモル濃度、VAは溶液のAAまでの体積)。σn2についても同じである。σn1、σn2を界面過剰量と

 いう。すると、界面相のギブス自由エネルギー変化dσGは2成分系の熱力学の基本式から次のように書ける。

 

  dσG = – σSdT + σVdP + μ1dσn1 + μ2dσn2 + γdA   (F.18)

 

 前下付きのσは界面相の量であることを表す。最後の項は式(F.3)からくる界面特有の量である。T、P 一定の場合は

 

  dσG = μ1dσn1 + μ2dσn2 + γdA   (F.19)

 

 μ1、μ2、γを一定で積分すると、

 

  σG = μ1・σn1 + μ2・σn2 + γA   (F.20)

 この式を全微分し、式(F.19)と辺辺引くと、

  σn1・dμ1 + σn2・dμ2 + Adγ = 0   (F.21)

 または

  (σn1/A)dμ1 + (σn2/A)dμ2 + dγ = 0   (F.21′)

 σn1/A = Γ1、σn2/A = Γ2を界面過剰濃度という。成分1を溶媒とするとき、溶媒の界面過剰量σn2が’0’になるようAA面を選ぶことが

 できる。そのときの溶質の界面過剰濃度は一義的に決まる。これを単にΓと書くことにする。そうすると、式(F.21′)は

 

  Γ = – dγ/dμ2   (F.22)

 

 となる。

 

  dμ2 = RT・dln a   (F.23)
  a:溶質の活量

 

 であるから、

 

  Γ = – 1/(RT)・dγ/dln a = – a/(RT)・dγ/da   (F.24)

 

 希薄溶液では a≒cであるから式(F.17)が得られる。
 図F.8と式(F.17)を関連づける。図F.8-(a)・(b)ではdγ/dc<0であるから、式より Γ>0、すなわち、溶質は界面で過剰になっており、

 吸着が起きているのである。図F.8-(c)では、dγ/dc>0であるから、Γ<0、すなわち、負吸着が起きている。無機塩は水中で電離し、イ

 オンは水和して内部へと引き込まれるので、表面で不足する。
 極性有機化合物はその疎水基が水から離れようとして表面へ出てきて、表面に濃縮される。dγ/dcのこう配を求めるとΓが得られる。その

 単位はmol/m2である。界面活性剤の場合、屈曲点で表面吸着は満員になり、内部でミセルの形成か始まる(図F.10)。屈曲点はミセル

 形成の臨界濃度(cmc)である。cmc以上では表面張力はほぽ一定である。ここにGibbsの式(F.17)を形式的に当てはめると、吸着量は

 ほぼ ‘0’になってしまう。脱着(吸着しているものが外れること)が起きているようにみえる。このことはcmc以上ではモル濃度 c の代

 わりに活量 aを用いることに留意すること、aが濃度で変わることを示唆している。

図F.9 α相とβ相との界面のモデル図.jpg

図F.9 α相とβ相との界面のモデル図
領域AABBが界面相、本文ではβ相は空気として無視している

図F.10 界面活性剤水溶液のcmcにおける模式図.jpg

図F.10 界面活性剤水溶液のcmcにおける模式図

解説(G) 界面活性剤の特性

 

 わが国の水道における浄水処理において、一般的に、凝集・沈殿・急速砂ろ過を基本としたシステムが採用されている。この技術が微粒子の分離に優れ、安価・大量処理など多くの利点あるため、日本の近代水道が発祥して100年以上経過した現在でもなお主流技術として用いられている。また、種類の異なる様々な懸濁水(溶解性物質を不溶性物質へ変換する工程も含めて)は、建築・建設工事現場や生産・製造工程において発生し、凝集・沈殿分離は基本的な水浄化技術となっている。
 凝集・沈殿プロセスにおいて、界面活性剤の一つである高分子凝集剤が広く用いられているが、種類も多種多様で、その選定や添加量が適正に行われないと、全く効果が得られないことや逆効果となることもある。ここでは、高分子凝集剤の利用にあたって、基本的に必要な界面活性剤の特性について記載する。本ページには、水浄化に関係が薄い内容も含まれているが、界面活性剤を理解する上で重要なものと考えている。
 ところで、われわれはさまざまな表面・界面とともに生活している。自然界では、水の表面・葉の表面・水と土の界面、また身体の表面などがすぐ思いつく。生活面・産業面も数限りない表面や界面を作り出して、それを利用したり、それに悩まされたりしている。界面活性剤は表面や界面を改質・変成させる性質を持っている。
 ミセルについては、Ⅰ-5.会合コロイドとミセルで簡単に記載した。ミセルという語は、以前には、セルロースやデンプン分子の作る集合構造のうち、微結晶部分をいうのに用いられていたが、1920年代以降は界面活性剤の分子またはイオンの集合体を指すことが多い。界面活性剤が溶液中でミセルを作ると言いだしたのは,1913年、McBainらが初めである。彼らはセッケン水溶液中の分子量の測定から、セッケン分子が会合していることに気づいた。ミセルの形については、1930年代、Hartleyの球状ミセルとHessの層状ミセルとの論争があった。戦後、前者が認知されたが、今では、濃厚溶液の作る液晶中で、後者がリバイバルしている。
 なお、本ページの内容は、文献[北原、1994]から多くを引用している。不明な事項については、本著を参考にされたい。

 

1.界面活性剤の定義・構造・分類
 過去には、界面活性剤とは界面活性を示す有用な物質といわれていた。界面活性とは水に溶けて、その表面張力を低下させる作用である

 [解説(F)-5、参照]。これが、さらに拡張され、界面活性剤とは、(1) 分子中に親水基と疎水基とを持ち、(2) 液体(溶媒)に溶けるか、

 分散するかして、(3) 選択的に(優先的に)界面へ吸着し、(4) 実用性のある性質を持つ、化合物と定義されている(1972年、国際界面

 活性剤会議より)。
 この定義には表面張力低下という表現はないが、上記(3)から、ギブスの吸着式[式(F.17)]を使って導くことができる。上記4項目のほか

 に、ミセルを形成する機能があるが、これも(1)から導かれる。
 以上の定義から界面活性剤の構造の概略が浮かび上がってくる。界面活性剤の構成のポイントは親水基と疎水基とを持つことであるが、

 溶媒が水の場合、表面に吸着するためには、ある程度の長さの疎水基が必要であり、それを水溶性にするために、それに見合った親水性

 の強い親水基を必要とする。
 疎水基を直鎖炭化水素とすると、炭素数にして10~18程度のものが使われ、それにバランスした親水基としてイオン性基、COO–、-

 SO4–、-SO3–、-NH3+などが必要となる。
 -OH、-NH、-COOHなどでは親水性が不十分である。この親水・疎水のバランスを示すよい例は、酸化エチレン基-(CH2CH2O)x-を

 親水基とする非イオン界面活性剤で、炭化水素基の炭素数と酸化エチレン基の数とを変えることにより、親水・疎水のバランスを連続的

 に変え、水溶性界面活性剤や油溶性界面活性剤を作り出すことができる。本稿では、界面活性剤のスキームとして、図G.1のような簡略

 図を使う。

図G.1 界面活性剤の模式図.jpg

図G.1 界面活性剤の模式図
A:疎水基、B:親水基、C:酸化エチレン基

 

界面活性剤は天然にも数多く存在し、また人工的に合成されているものも膨大な数に上っている。界面活性剤の分類の仕方は視点により様々である。分類によって、全体的な状況が把握できるので、それらを列挙する。


(1) 解離基による分類:最も一般的に行われている分類である。
 a. イオン界面活性剤(アニオン界面活性剤)
 b. イオン界而活性剤(カチオン界面活性剤)
 c. 非イオン界而活性剤(ノニオン界而活性剤)
 d. 両性界面活性剤

 

(2) 疎水基の分岐度による分類:分子の形状を表している。
 a. 直鎖型界面活性剤
 b. 二鎖型界面活性剤

 

(3) 溶解性による分類
 a. 水溶性界面活性剤
 b. 油溶性界面活性剤(非水系界面活性剤)

 

(4) 分子量による分類
 a. 低分子界面活性剤
 b. 高分子界面活性剤
 c. 重合性界面活性剤
 (始め低分子型であるが、吸着などさせた後、重合させ高分子型とするもの)

 

(5) 疎水基の種類による分類
 a. 炭化水素系界而活性剤
 b. 炭化フッ素系界面活性剤

 

(6) 特殊な界面活性剤
 a. 機能性界面活性剤
  例.クラウンエーテル誘導体、シクロデキストリン誘導体
 b. 自然指向型界面活性剤
  例.ショ糖脂肪酸エステル(モノ:水溶性;ジ、トリ:油溶性)、モノグリセリド、アルキルグルコシド、アミノ酸誘導体
 c. 生体内界面活性剤
  例.レシチン(一般的にリン脂質)、胆汁酸の塩、肺内界面活性物質

 

その他,次の実用的見地からの分類がある。
 

(7) 用途による分類
 起泡剤:家庭用界面活性剤、繊維用界面活性剤
 消泡剤:衣料用洗剤、乳化重合用界面活性剤
 乳化剤:台所用洗剤、セメント用界面活性剤
 分散剤:トイレタリー洗剤、食品工業用界面活性剤
 湿潤剤:身体洗浄剤、農薬用界面活性剤
 可溶化剤:化粧品用界面活性剤、その他

2.界面活性剤の2大物性
2.1 界面吸着能
 水溶液中に溶解している界面活性剤分子の疎水基は、その疎水性のため水から逃れようとする。水分子間の凝集力が大きいため、疎水基

 を水からはじき出そうとする傾向があるとみてもよい。このため、界面活性剤は水溶液表面へ吸着する。また、水と固体、水と油の界面

 が存在すると、その界面へ吸着する。界面活性剤が表面または界面へ吸着しようとする傾向(界面吸着能)は界面活性剤の重要な物性の1

 つである。
 界面活性剤の水溶液表面への吸着は泡の生成を容易にし、水・油界面への吸着はエマルジョンの生成を助け、液体・固体の界面への吸着

 は微粒子分散系の安定性に寄与する(図G.2)。これらは表面張力・界面張力の低下によるものである。
 油(無極性溶媒)中に溶解している界面活性剤の場合、油自身の表面張力がすでに低いので、界面活性剤は油溶液表面へ吸着することは

 ない。しかし、水酸基は、油と水の界面、油と親水性固体の界面において自由エネルギーが低く熱力学的に安定であるため、界面活性剤

 はこれらの界面へ吸着する。
 アルコール・アセトンなどの極性溶媒に溶解している界面活性剤は、親水基・疎水基ともに溶媒と親和性があり、表面へも界面へも移る

 傾向を持たないので、吸着はどの場合も起こりにくい。
 

2.2 ミセル形成能
 ミセル形成能は、界面活性剤のもう一つの重要な物性である。ミセル形成の駆動力も表面吸着と同じく、疎水基は水中では水構造を壊し

 て自由エネルギーが増加するので、水表面に移動する。図F.10に示したように、表面吸着が飽和して行き場のなくなった疎水基は親水基

 を外側(水側)に向けて互いに集まることにより、熱力学的に安定な集合体を作る[図F.3(a)]。この集合体をミセルと呼ぶ。
 油溶性界面活性剤も油中で、親水基を内側にし、疎水基(親油基)を外側に向けた集合体を作る[図F.3(b)]。これを逆ミセルという。逆

 ミセル形成には微量の水が必要であるといわれている。しかし、この確証は得られていない。

図G.2 界面活性剤の機能の模式図.jpg

図G.2 界面活性剤の機能の模式図
(a) 泡立て、(b) 油の乳化、(c) 固体粒子の分散

図G.3 (a)ミセル、(b)逆ミセルの模式図.jpg

図G.3 (a)ミセル、(b)逆ミセルの模式図
逆ミセルを作るものは二重鎖型が多い

 

3.クラフト点と曇り点
 界面活性剤を水溶液として使う場合、イオン性界面活性剤・非イオン性界面活性剤、それぞれの溶解性の温度変化を調べると、ある温度

 において特異点が存在する。


3.1 クラフト点
 イオン性界面活性剤は電解質の一種である。低濃度では分子状で溶解し、解離している。その溶解度は固体塩の一般的性質として、温度

 上昇とともに少しづつ増加する。溶解度がcmcに達すると、水中でミセルを形成し始め、その溶解度は急激に増加する。その溶解度曲線

 は図G.4のBACをたどる。屈折点の温度Tkをクラフト点(温度)という。Tk以上の温度では共存するモノマー濃度に大きな変化はな

 く、ほぼ水平のADで示される.図G.4を全般的に見ると、BAD領域はモノマーイオン、CAD領域はミセル、BAC領域は水和固体とな

 っている。
 クラフト点は、表G.1に示すように、界面活性剤の疎水基の炭素数が長くなるほど高くなり、枝分かれがあって結晶性が悪くなると低く

 なる。
 

表G.1 界面活性剤のクラフト点Tkの事例.jpg

表G.1 界面活性剤のクラフト点Tkの事例

 イオン性界面活性剤は、クラフト点以下では溶解度が低くミセルを作らないので、界面活性剤としての性質を示さない点に注意が必要で

 ある。

図G.4 イオン性界面活性剤の水への溶解度を示す模式図.jpg

図G.4 イオン性界面活性剤の水への溶解度を示す模式図
Tk:クラフト点

3.2 曇り点
 非イオン界面活性剤の水溶液の温度を上げていくと、ある温度から濁りが発現する。この温度を曇り点という。この濁りは、界面活性剤

 の析出によるものである。多くの水溶性非イオン界面活性剤は、親水基として酸化エチレン基 (-CH2CHO-)xをを持っている。界面活性

 剤は、酸化エチレン基のO(酸素)に水分子が水素結合で水和して溶解する。温度上昇により水分子の振動・回転が激しくなって水素結

 合が切れ、溶解の役目をしていた水和水がなくなって、界面活性剤の析出が起こる。非イオン界面活性剤は曇り点より低温側では水溶性

 であるが、高温側になると油溶性になる。この現象は非イオン界面活性剤の乳化作用と関連がある。すなわち、曇り点以上ではW/Oエマ

 ルジョンを生成しやすく、以下ではO/Wエマルジョンを生成しやすい。
 曇り点は非イオン界面活性剤の水溶性、または油溶性を表す1つの尺度であり、曇り点の高いものほど水溶性が大きい。したがって、他の

 水溶性・油溶性を表す尺度、たとえば、HLB(親水性と親油性バランス)とよい相間関係がある。曇り点は界面活性剤の疎水基の炭素数

 が増すと低下し、上記の酸化エチレン基数xが増すにつれて上昇する。界面活性剤濃度が 1%前後では、濃度により曇り点はほとんど変わ

 らない。


<HLB概念とHLB値>
 水と油(水難性の有機溶媒の総称とする)を掻き混ぜるとエマルジョンが生成するが、不安定であってすぐ元の水と油に分離する。エマ

 ルジョンを寿命を延ばす(安定化する)ためには界面活性剤などを共存させねばならない。この安定化のための第三者を乳化剤という。

 乳化剤としては主に界面活性剤が使われるが、高分子物質、時には微粉末も用いられる。
 生成するエマルジョンには、O/W(oil in water)型とW/O(water in oil)型とがあるが、これを決めるのは主として乳化剤の種類によ

 る。エマルジョンを作るため、乳化剤を選ぶ基準の最も有名なのはHLBである。
 乳化剤の役割は、油・水界面に吸着して、油・水界面張力を低下させてエマルジョンが生成しやすくすることと、安定な界面膜を作り、

 エマルジョンを安定化することである。このためには界面活性剤の親水性、親油性が対象とする水・油に良好な親和性を持つことが必要

 である。これがHydrophile-Lypophile Blance(親水・親油バランス、HLB)の概念である。乳化剤として用いられる界面活性剤は、

 ほとんど非イオン界面活性剤である。非イオン界面活性剤はその構造からして、親水性・親油性を広い範囲で変えられるという利点があ

 り、それぞれの界面活性剤にHLB値が与えられている。これを単にHLBといっている。HLBが大きいほど親水性が大きく、小さいほど親

 油性が大きいように数値が決められている。HLBを決める方法はいくつかある。
 油には実験的に所要HLBという値が決められている。ある油でO/W型エマルジョンを作りたいという場合、その油の所要HLBに等しい

 HLBを持つ界面活性剤を用いて乳化すると、安定性のよいエマルジョンが得られる。W/Oの場合は所要HLBはあまり決められていない。


4.ミセル形成とcmc
4.1 実験的アプローチ
 イオン性界面活性剤水溶液のモル導電率 Λ、表面張力 γ、油との界面張力 γ’、濁り度τの濃度変化を、典型的な界面活性剤であるドデシル

 硫酸ナトリウムNaC12H25SO4について図G.5に示した。図中の曲線はある濃度で屈折を示す。これらの濃度はほぼ一致し、25℃で

 8.0×10-3mol/Lである。このように、界面活性剤の水溶液の諸物性がある濃度で急激に変化するのは、この濃度からミセルが生成し始め

 ることを示唆している。この濃度を臨界ミセル濃度 cmc(critical micelle concentration)という。
 cmc以上でミセルという集合体が形成されていくことは、いくつかの実験で実証することができる。静的光散乱実験から得られる濁り度

 のデータの解析により、分子量が得られる。この値はcmc以上では界面活性剤分子(モノマー)の数十倍の値となる。また、適切な半透

 膜を用いて溶液の浸透圧を測定できるが、それから得られる分子量もcmc以上ではモノマーの数十倍となる。蒸気圧降下法の原理に基づ

 く蒸気圧オスモメーターによると、数万までの分子量を測定できるが、これによっても、ミセルの会合数(測定分子量をモノマー分子量

 で割った値)が数十であることが確かめられる。
 cmcはイオン性、非イオン性を問わず、界面活性剤の水溶液の重要な物性値であるが、次のような条件により影響を受ける。


  (a) cmcは測定法によりわずかに違う。
  (b) cmcは温度によって変化する。特に、非イオン界面活性剤の場合著しい。
  (c) 非イオン界面活性剤のほうがイオン性界面活性剤に比べてcmcははるかに低い。

 

 ミセルの形成を妨げるイオン問の反発と水和層間の反発とを比べると、前者のほうが大きいので、イオン性界面活性剤のほうがミセルが

 生成しにくく、cmcが高くなる。
 

  (d) cmcは疎水基が直鎖アルキル基の場合、その炭素数Nとの関係は、次式で示される。

  log cmc = A – BN   (4.1)
  A、B:定数

 イオン性界面活性剤の場合、B ≒ 0.30、すなわち、CH2が1個増すごとにcmcは約1/2減少する。非イオン界面活性剤では、B ≒ 0.48

 である。
 炭化水素基が長くなるに従い、水への溶けにくさが増す。すなわち、水から逃れる傾向が強くなる。したがって、より低濃度で集合する

 ようになり、cmcが低下する。
 

  (e) イオン性界而活性剤の場合、無機塩を添加するとcmcは低下する。その関係は、次式で示される。

  log cmc = a – b log c   (4.2)
  a、b:定数、c:全イオン濃度、c = cs + cmc(csは塩濃度)

 イオン性界面活性剤のミセル形成を妨げる力はイオン間の反発である。無機塩を加えると、塩から解離したイオンの中の界面活性剤と反

 対のイオン(対イオンという)が、界面活性剤イオンの周りに集まって電荷を中和する。そのため、界面活性剤イオン間の反発が減少

 し、ミセルの形成が促進され、cmcが低下する。
 

  (f) 高級アルコールを少量添加すると、イオン性界面活性剤のcmcはその濃度とともにほぽ直線的に低下する。
 

 高級アルコールは水に難溶性で、図G.6のように、ミセルの周辺部に取り込まれる。ミセルに取り込まれることを可溶化という(G.7 可

 溶化とマイクロエマルジョン、参照)。アルコール分子が界面活性剤のイオン間にくさびのように入り込むため、イオン間の反発力が弱

 まる。そのため、ミセルは形成しやすくなり、cmcは低下する。
 以上述べた現象は、次項の「ミセル形成の理論」で定性的に説明する。cmc値の数例を表G.2にあげた。

図G.5 ドデシル硫酸ナトリウム水溶液の物性の濃度変化(25℃).jpg

図G.5 ドデシル硫酸ナトリウム水溶液の物性の濃度変化(25℃)
A:モル導電率、π:浸透圧、γ:表面張力、γ’:油との界面張力、τ:濁り度

表G.2 界面活性剤水溶液のcmc.jpg

注)非イオン界面活性剤のcmcは溢度で著しく変化する。cmcを求める方法によりcmcはいくぶん変わることがある。

表G.2 界面活性剤水溶液のcmc [mol/L]

4.2 理論的アプローチ
 ミセル形成の理論を定性的に考えてみる。
 界面活性剤の疎水基は水中から逃れようとする。界而活性剤の濃度が増すにつれて、水溶液表面への吸着量が増す。表面吸着が飽和する

 と、界面活性剤分子の疎水基どうしが寄り集まるようになる。親水基は水側に向くほうが安定であるので、図G.3(a)のような集合体がで

 きる。cmcをあまり超えないかぎり、集合体の大きさがほぽ一定に保たれるのは、イオン性界面活性剤の場合は、親水基のイオン間の反

 発が働くからであり、非イオン界面活性剤の場合は、親水基の水和層間の反発が慟いているからである。
 疎水基が水から逃れようとするのは、水の構造からみて、次のようなエントロピー的なものである。
 炭化水素の周りの水は水素結合によって氷状の構造をとっている。炭化水素が寄り集まると、周りの水は開放されて自由になり、氷状の

 構造に比べて配置のエントロビーが増大する。すなわち、ミセル形成により水のエントロピーが増大し、これが系全体の自由エネルギー

 の減少に寄与している。


5.ミセルの形・大きさ
 静的光散乱法によると、ミセルの分子量が求められるとともに、45°方向と135°方向に散乱される光の強さの比から、ミセルの形の非対

 称性を調べることができる。また、動的光散乱法により、ミセルの大きさ(半径)を知ることができる。
 cmcからあまり離れていない低濃度(たとえば、cmcの10倍以内)で、塩の添加濃度が高くないときはミセルは球状である。しかし、

 界面活性剤の濃度をずっと増やすか、塩の添加濃度を増すと、ミセルの大きさが増加していき、球状を保持できなくなってソーセージ状

 または屈曲した棒状(虫状)を示すようになる。たとえば、セッケンの濃度を増していくと、棒状または層状のミセルが生成し、これら

 が配列して液晶を作ることは以前から知られていた。
 臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB)に臭化ナトリウムまたは臭化カリウムを加えていくと、CTABの濃度は高くなくても、無

 機塩濃度がある値以上になると、分子量(ミセル量)が急激に増大し始める。ミセル量が増大したところを電子顕微鏡で観察すると、虫

 状のミセルが見られる[Imae, et al.,1985, 1986, 1987]。ミセルが虫状になるためには、CTABのように、界面活性剤のイオン部分が

 大きいものがよい。さらに、CTABとサルチル酸ナトリウムをほぼ等モルずつ混合した水溶液では、ミセルがひも状に長く発達して、こ

 れが絡み合って水溶液は粘稠化し、ゲル化することもある。電子顕微鏡で見ると、長いひも状のミセルが観察される[Shikata, et

 al.,1989; Hoffmann, 1988]。
 Israelachviliはミセルがどんな形態をとるかを界面活性剤分子の形、環境(添加塩濃度など)と関連づけた。彼の提案した臨界充填パラ

 メータで上に述べた球状、虫状、びも状ミセルなどの形成を説明することができる。
 Israelachviliらは図G.7の界面活性剤分子のスキームで示すように、親水基断面をao、炭化水素のとりうる最大長さをlc、炭化水素部の

 占める体積をvとし、v/aolc = p を臨界充填パラメータと名づけた。pの値によって、ミセルは種々の形をとる。すなわち、p<l/3、1/3

 <p<1/2、1/2<p<1、p≒1、p>1の場合、それぞれ球状、非球状、ベシクル、層状、逆ミセルを作るとした[Israelachvili et al.,

 1976, 1977]。ここで、aoは分子固有ではなく、塩の添加などで変化することに注意したい。

図G.7 界面活性剤分子の形状に関するパラメーター.jpg

図G.7 界面活性剤分子の形状に関するパラメーター

6.逆ミセル
 油溶性界面活性剤は油中で水中のミセルと集合のしかたが逆向きのミセルを作る。これを逆ミセルという。そのスキームを図G.3(b)に示

 した。ところで、界面活性剤の中で、油溶性となるものには次のようなものがある。
  (a) 非イオン界面活性剤でHLBの低いもの、すなわち、酸化エチレン基数が少ないか、またはないもの。
  (b) イオン性界面活性剤で結晶性の悪いもので、二鎖型の界面活性剤はこれに属す。
 典型的な逆ミセル形成界面活性剤として、ジ-2-エチルヘキシルスルホコハク酸ナトリウムがある。

G6.逆ミセル.jpg

 これはAerosol OTまたはAOTという商品名で知られている。AOTは水にもわずかに溶けて水中でもミセルを作る。生体内界面活性剤

 のレシチンも二鎖型の界面活性剤であり油溶性である。
 AOTのベンゼンまたはシクロヘキサン溶液中で分子量を測定すると、10-3 mol/L以下の低濃度でないかぎり、集合体の形成が確認され

 る。この集合体(逆ミセル)は周りが油であるから、図G.3(b)のような配向をしていると推定される。このことは、次項で述べるよう

 に、この溶液に水が可溶化されることから確認できる。逆ミセルには次のような特性がある。
  (1) 水中ミセルに比べると、一般に会合数が小さい。たとえば、AOTの場合、ベンゼン中で約10、イソオクタン中で約20である。
  (2) 会合数の小さいこともあり、cmcの存在が必ずしも明確ではない。
  (3) 水または塩などの水溶液を可溶化する。
 油溶性界面活性剤は極性溶媒(アルコール、アセトンなど)中では、よく溶けすぎて集合体を作らない。

7.可溶化とマイクロエマルジョン
7.1 定義と起因
 液体に溶けにくい物質が界面活性剤の存在下でその溶液に溶けるようになる現象を可溶化という。界面活性剤水溶液には水に溶けにくい

 油や染料が溶ける。ミセルが存在するため、ミセル内にその物質が取り込まれるためである。したがって、界面活性剤水溶液への可溶化

 はcmc以上で起きる。この場合の可溶化の最大量(単に可溶化量という)と界面活性剤の濃度との間には一般に図G.8のような関係があ

 る。これから逆にcmcを求めることもできる。界面活性剤油溶液では、油に溶けにくい水や塩の水溶液が逆ミセルに取り込まれることに

 より溶ける。油溶液の場合、非イオン界面活性剤のように、界面活性剤と水との結合体が逆ミセルを作り、さらに水が可溶化していく場

 合もある。

図G.8 界面活性剤濃度と難水溶性物質(油・染料)の可溶化量.jpg

図G.8 界面活性剤濃度と難水溶性物質(油・染料)の可溶化量

 可溶化はミセルの性質に起因する。水中のミセルの場合、その内部は炭化水素の集合体である。NMRで調べてみると、この集合体は液状

 であり、ミセルを形成している界面活性剤分子(イオン)と水中にあるモノマー分子(イオン)とは10-3~10-4秒の速さで絶えず交換

 していることが認められた。この状態は逆ミセルについても同様である。ミセル内が液状であること、ミセルが動的な性質を持っている

 ことが可容化に大きく寄与しているわけである。
 可溶化量が増すとミセルは膨らんでいく。光の散乱能はミセルが膨らむと増大し、液は半透明になって乳光を発したり、やや濁って見え

 たりする。図G.9に水中のミセルの場合についてそのスキームを示した。この膨らんだ可溶化状態をマイクロエマルジョンという。水中

 ミセルの膨らんだ場合をO/Wマイクロエマルジョン、逆ミセルの膨らんだ場合をW/Oマイクロエマルジョンという。エマルジョンという

 名がついているが、熱力学的に不安定な通常のエマルジョンの仲間ではない。初めエマルジョン粒子の微細の場合という意味でこの名が

 っけられたが、現在は可溶化状態の膨らんだもので、熱力学的に安定な系の名前である。区別するために、通常のエマルジョンをマクロ

 エマルジョンということがある。

図G.9 OWマイクロエマルジョンの模式図.jpg

図G.9 O/Wマイクロエマルジョンの模式図

7.2 可溶化状態図
 非イオン界面活性剤(たとえば,ポリオキシエチレンアルキルエーテル、RO(CH2CH2O)nH、R:アルキル基)の水溶液で、界面活性剤

 濃度を一定にして、これに油(炭化水素)を種々の割合に加えた系を作る。それぞれの系について温度を変えて溶解状態を観察し、溶解と

 濁りの領域をグラフ上にプロットする。結果の一例は、たとえば、図G.10のようになる。溶解領域は曲線AO、BOで囲まれた部分で、

 これは可溶化領域にほかならない。このうち、A’OB’の部分は半透明あるいは濁って見える。ここはO/Wマイクロエマルジョンの領域で

 ある。AOは可溶化曲線、BOは曇り点曲線である。この図を可溶化状態図ともいう。界面活性剤油溶液についても、横軸を油と水の割合

 として同様な状態図が作られ、W/Oマイクロエマルジョン領域が現れる。

図G.10 可溶化状態図の一例.jpg

図G.10 可溶化状態図の一例
一定濃度の界面活性剤の水溶液に油を添加し、温度を変えて溶解する領域を調べる

7.3 可溶化の場所
 界面活性剤水溶液に油が可溶化する場合、油の種類によって可溶化の場所が異なる。ヘキサンやベンゼンなどの炭化水素は図G.9に描い

 たように、ミセル内部の炭化水素部分に、高級アルコールのような極性基を持った物質は図G.6のように、ミセルの周辺部に可溶化され

 る。前者はcmcに影響せず、少量ではミセルの大きさを変えないが、後者はcmcを低下させ、少量でもミセルの大きさに影響する。
 

7.4 可溶化量
 界面活性剤のある濃度における最大可溶化量(可溶化量)は種々の因子に影響される。界面活性剤の濃度が増すと可溶化量は増大する。

 被可溶化物の種類による可溶化量(mol/mol of surfactant)の差異をみると、可溶化量は被可溶化物のモル体積が大になると減少す

 る。これはミセル内の可溶化容量が一定であるとするときに導かれる結論であるが、炭化水素、脂肪酸、アルコールの同族体で実証され

 ている。
 

7.5 コサーファクタントを用いたマイクロエマルジョン
 今まで述べたマイクロエマルジョンは、水+油+界面活性剤の3成分系の場合であったが、中級のアルコール(炭素数4~8)を補助剤に使

 うと、水に対して多量の油を、または油に対して多量の水を含んだ広い組成範囲のマイクロエマルジョンを作ることができる。この補助

 剤をコサーファクタント(cosurfactant)という。
 たとえば、オクチル硫酸ナトリウム(SOS)2 g、ヘキサノール4 g、デカン47 g、食塩水溶液47 gの混合系をよく振って35℃で静置す

 ると、食塩水溶液の濃度が9%のときは、図G.11-Aのように、混合系の油の約半分が油相として分離し、残りはO/Wマイクロエマルジョ

 ンとなる。このマイクロエマルジョンの中にSOSの大部分と残り約半分の油が含まれている。食塩濃度を16%にすると、図G.11-Bのよ

 うに約40%の水分が水相として分離し、残りはW/Oマイクロエマルジョンとなり、この中には、SOSの大部分も含まれている[Ogono

 et al., 1989]。

図G.11 オクチル硫酸ナトリム・ヘキサノール・デカン・食塩水系でのマイクロエマルジョン(ME)の生成.jpg

図G.11 オクチル硫酸ナトリム・ヘキサノール・デカン・食塩水系でのマイクロエマルジョン(ME)の生成

7.6 可溶化の応用
 可溶化は水に溶けにくい物質を溶解して使う場合に利用される。医薬品等で水に難溶性物質を界面活性剤を利用して水溶性にすることが

 できる。このように使う界面活性剤を可溶化剤という。医薬品などの可溶化剤は、人体に無害、無刺激な非イオン界面活性剤が用いられ

 る。水中の油、フェノール類などを界面活性剤で可溶化除去する環境対策も考えられている。この際には、界面活性剤の残存量を極力少

 なくしなければならない。可溶化を利用するミセルの触媒作用もかなり研究されてきたが、均一系である点、生成物の分離に問題があ

 り、実用化されてはいないようである。
 ミセル触媒の最初の研究は興味深いので少し触れておく。クリスタルバイオレットという色素は水に溶けて美しい紫色を呈するが、アル

 カリ性にすると退色して無色になる。この反応は次式にように考えられている。
 この退色速度は陽イオン界面活性剤のミセルの存在下(たとえば、CTAB、0.01mol/L)では14倍速くなるが、陰イオン界面活性剤のミ

 セルの存在下(たとえば、SDS、0.01mol/L)では1/17に低下する。この触媒作用の機構は以下のとおりである。色素のカルボニウム

 イオッはミセルの周辺部に可溶化する。CTABミセルは正の電荷を持っているので、OH–を引き寄せ、色素イオンとの反応を促進させ

 る。SDSミセルは、反対に負の電荷を持ち、OH–を反発して反応を遅延させる[Dynstee,1959]。
 O/Wマイクロエマルジョンは多量の油を安定に保持してくれる。地中に埋蔵されている石油はホップによるくみ出し(1次回収)、熱水

 注入による採取(2次回収)で取り出される分は埋蔵量の50~60%にすぎないといわれる。残りの岩石・砂などにしみこんでいる石油を

 界面活性剤と水を注入することにより、マイクロエマルジョンとして取り出そうというのが3次回収である。世界的に注目されている技術

 で、低廉な界面活性剤が大量に使えるかどうかが鍵である。
 W/Oマイクロエマルジョン中に可溶化している水は、極性基に結合している部分と自由水に近い部分とに分けられる。後者は無機塩など

 の水溶性物質を溶かすことができる。しかも、逆ミセルは動的性質を持っているので、衝突に際して他のミセルと内部の水を交換するこ

 とができる。したがって、反応物質を別々のミセルに可溶化しておけば、混合により、ミセルの衝突→接触、交換→反応という過程が起

 きるはずである。この推定は多くの逆ミセル内での超微粒子生成反応で実証された。
 例として、磁性酸化鉄(Fe3O4)の生成反応をあげる。AOTまたは非イオン界面活性剤(ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテ

 ル、平均酸化エチレン基数6)のシクロヘキサン溶液に、FeCl3、FeCl2、NH3の水溶液をそれぞれ可溶化した系を作り、これらを混合

 すると瞬時にして反応が起こり、Fe3O4の超微粒子(粒子直径約3 nm)の分散系が生成する[Gobe et al., 1983]。この系は磁性を示

 し、一種の磁性流体である。このときの反応は、次式で示される。

 

  Fe2+ + Fe3+ + 8OH– → Fe3O4 + 2H2O

解説(H) 吸着エネルギーと平衡式

 

気体・液体・固体の界面への物質の吸着は典型的な界面現象である。ある成分の界面における濃度がそれが接している他相の内部濃度と異なるとき吸着が起きているという。気相・液相界面における吸着現象はすでに、解説(F) 表面張力と界面活性で扱った。本解説では気相/固相、液相/固相という一方の相が固体である場合を扱う。前者では気相から気体の分子が、後者では液相から溶質の分子またはイオンが固体表面へ吸着する。吸着する分子またはイオンを吸着質、固体を吸着媒という。
活性炭・シリカゲルのように、固体の表面だけでなく内部にまで細孔を有する多孔質では、孔の大きさが分子のオーダーに近づくと、固相の表面だけでなく吸着質が内部孔へ侵入できるので、吸着と吸収との区別がつかなくなる。こうした多孔質への吸着現象を収着と呼ぶ場合がある。
固体表面への吸着では、分子またはイオンと固体表面との相互作用が問題になる。固体表面には一種の力の場があり、この点で気相・液相界面の吸着と趣を異にしている。吸着現象にも平衡と速度の2つの視点があるが、ここでは吸着平衡の面から扱っていく。

 

1.物理吸着と化学吸着
 吸着質と吸着媒との相互作用が、van der Waals力のような物理的な力の場合を物理吸着といい、普遍的に起きる吸着である。他方、吸

 着質と吸着媒との間の化学結合によって吸着が起きることもある。これを化学吸着という。
 物理吸着では、吸着の際に発生する吸着熱は気体の凝縮熱に相当するもので、そのエネルギーは低い。他方、化学吸着では、吸着熱は高 

 く数十kJ以上になる。物理吸着は、温度を上げたり希釈したりすると、脱着が可逆的に起こるのに対し、化学吸着したものは脱着が容易

 に起こらず不可逆性が強い。化学吸着は一種の化学反応であるから、吸着に際して活性化エネルギーを必要とし、吸着速度は遅くなる。

 表H.1 に物理吸着と化学吸着との特性の比較を示した。
 化学吸着は水素や酸素の金属表面への吸着で見られる。このとき、金属表面で分子から原子への解離が起きることがある。解離吸着した

 原子は反応しやすい状態となっている。エチレンの水素化において、ニッケルなどの金属が触媒となるのはこのためである。高級脂肪酸

 が有機溶液から金属表面に吸着するとき、表面に金属セッケンを作って強く吸着する。これは化学吸着である。高級脂肪酸が潤滑作用を

 するとき、境界潤滑といわれる領域では、化学吸着した高級脂肪酸の単分子層が働いているといわれる。

表H.1 物理吸着と化学吸着の差異.jpg

表H.1 物理吸着と化学吸着の差異

 

2.吸着の実験
2.1 吸着量の測定
 吸着量は、気体吸着の場合は吸着前後の圧力差(一定体積下)または体積の差(一定圧下)を、溶液吸着の場合は吸着前後の濃度差を測

 定して求められる。溶液吸着では、溶媒の吸着は考慮されていない。吸着量は、平衡量であるから吸着平衡に十分に達していることを確

 かめた後、測定しないといけない。


 (A)気体吸着
 一定圧 pでの吸着後の体積減少量をΔv、温度をT [K]、吸着媒の質量を w [g]とすると、気相を理想気体と仮定して、吸着量 Aは次式で

 表される.

  A = pΔv/(RTw) [mol/g]   (H.1)

 吸着媒の比表面積が既知のとき、Aはmol/m2の単位で得られる。気体吸着では、吸着による吸着媒の重量増加を直接に、測定試料を載せ

 た石英バネ秤の伸びから求める方法もある。


 (B)溶液吸着
 これは溶質の濃度を測定することに帰着する。溶質が光を吸収する場合は紫外可視分光光度計で精度よく濃度が求められる。赤外分光光

 度計も用いられるが、精度が低い。溶媒・溶質に屈折率差がある場合には、屈折率または屈折率差の測定も用いられる。一般的方法とし

 て、溶媒を蒸発させて残った溶質の質量を測る重量法があるが、溶質が吸湿性とか、易分解性であったりすると精度がよくない。


2.2 吸着状態
 吸着質の分子またはイオンが吸着媒表面でどんな配向をしているか、どんな結合をしているかを赤外吸収スペクトルにより調べることが

 できる。赤外吸収スペクトルから、結合の性質またはその強さについての情報を得ることができる。この方法の事例として、酸化物に吸

 着した水蒸気、パラジウムに吸着した一酸化炭素CO [Eischens et al., 1956]、溶液からシリカ・アルミナに吸着したピリジンなどの

 状態が調べられた。


2.3 吸着等温線
 吸着量の測定から吸着等温線を作成することができる。一定温度で、吸着質の圧または濃度を変えて吸着量を測定する。吸着量が平衡に

 達したときの圧または濃度をそれぞれ縦軸、横軸にしたグラフを吸着等温線という。作成した吸着等温線からいろいろの情報を読みとる

 ことができる。
 吸着等温線の形は気体吸着と溶液吸着とではいくぶん異なる。よく見られる吸着等温線の形を図H.1 に示した。(a) はLanguir型といわ

 れ、気体吸着、溶液吸着両者で見られる。(b)はBET型といわれ、気体吸着で見られる。poは吸着質の飽和蒸気圧である。(c)は

 Freundlich型といわれ、溶液吸着で見られる。
 (d)は階段型ともいうべきもので、界面活性剤水溶液の吸着で見られる。例えば、第一の平坦部分は単分子層の被膜形成、第二の平坦部分

 は単分子層の上に第二の分子層の被膜形成に対応している。これは2分子膜の形成で、生体の細胞膜のモデルで人工的に作成でき、ベクシ

 ルと呼ばれる。

図H.1 吸着等温線の4つ型.jpg

図H.1 吸着等温線の4つ型
(a) Langmuir 型、(b) BET 型、(c) Freundlich 型、(d) 階段型

 

3.吸着の理論
3.1 吸着の熱力学
 吸着は、吸着質の分子またはイオンと吸着媒の固体表面との相互作用であることはすでに触れた。吸着は、広義の化学反応とみることが

 でき、吸着は吸着質と吸着媒との結合に、脱着は結合が切れることに相当する。吸着質分子(またはイオン)を捕捉する固体表面の場所

 を吸着サイトといい、次の式が成り立つ。

 吸着質分子 + 吸着サイト ⇄ 吸着質分子・吸着サイト

 このときの質量作用則は、

 

  ams/(am・as) = K’   (H.2)
  a:活量;添字m、s、ms:分子、サイト、分子・サイト(吸着状態);K’:平衡定数

 

 asは吸着の影響を受けないので一定、気体吸着ではam ∝ p(平衡圧)、ams(吸着量)であるから、新たな平衡定数Kは次式で示され

 る。

 

  A/P = K   (H.3)
  K:新たな平衡定数

 

 平衡定数の温度変化に関するvan’t Hoff の式

 

  ln K1/K2 = – ΔH/R・(1/T1 – 1/T2)   (H.4)

 

 を適用するために、図H.2のように、2つの温度T1、T2における吸着等温線を考える。この図に示すある吸着量Aoについて、式(H.3)

 を適用すると、次式が成り立つ。

 

  Ao/p1 = K1   Ao/p2 = K2

 

 上式の関係から、次式が得られる。

 

  K1/K2 = p2/p1   (H.5)

 

 式(H.4)において、反応熱ΔH→吸着熱ΔHa(ΔHa:熱力学的に吸熱を正とする)とおいて、式(H.5)の関係から、次式の関係が得られ

 る。

 

  ln p1/p2 = – ΔHa/R・(1/T1 – 1/T2)   (H.6)

 

 一般に、吸着量は温度が上がると減少するので、図H.2においてT1>T2である。また、同図からp1>p2であるので、式(H.6)からΔHa

 <0 となる。すなわち、吸着熱は一般に発熱反応である。この結論は Le Chatelierの原理からも導かれる。さらに、式(H.6)より吸着熱

 を定量的に求めることができる。
 吸着熱が発熱ということは次の考察からもわかる。吸着過程について、熱力学の基本式

 

  ΔG = ΔH – TΔS   (H.7)

 

 を考える。「吸着が起きる」ということはΔG<0である。配置エントロピーを考えると、吸着に伴い吸着質分子の運動の自由度が減少す

 るので、ΔS<0 となる。このことから、式(H.7)が成立するためにはΔH<0であることが分かる。

図H.2 2つの吸着等温線から吸着熱を求める操作.jpg

図H.2 2つの吸着等温線から吸着熱を求める操作

 

3.2 吸着等温式
 ある温度において平衡に達したときの吸着質と吸着媒の関係を示す数式を吸着等温式という。図H.1の(a)・(b)については理論式が、(c)

 については実験式が与えられている。
 図H.1の意味と吸着等温式において、(a)のLangmuir式および(c)のFreundlichについて説明する。Langmuir式は、水浄化における分

 散・凝集に関係の深い界面活性剤や高分子電解質の吸着特性をよく説明できる。また、Freundlichは実験式であって、定数の物理的意味

 は明確でない。しかし、高分子電解質の吸着において、濃度依存性を示すパラメータ1/n(または、α)と立体的吸着形態との間に、一定

 の傾向が観察される。本ページでは、(b)・(d)についての説明は、省略するので、興味ある方は、ページボトムに記載の文献 [北原,

 1994]を参考にされたい。


(A) Langmuirの吸着等温式
 気体吸着では、吸着量をA、平衡圧をpとするとき、この式は、

 

  A = aAmp/(1 + ap)   (H.8)

 

 と表される。ここで、a、Amは定数である。A は0℃、101.3 kPa(1気圧)に換算した気体の体積値も用いられる。溶液吸着ではpの

 代わりに平衡濃度cを用いる。p が大きいときは 1 + ap ≒ ap だから、A = Am、すなわち、Amは飽和吸着量である。Langmuirの式

 は単分子層吸着であり、下記に示す動的平衡の考えから誘導できる。Langmuirは吸着の過程を次のように化学的に考えた。


 (1) 固体表面には吸着のサイトが存在している。
 (2) サイトには1分子しか吸着できない(単分子層吸着の考え)。
 (3) 吸着平衡においては,吸着速度と脱着速度が等しい(動的平衡の考え)。

 

 吸着平衡における吸着速度v+、脱着速度v–は次のようになる。

 

  v+ = k+p(1 – θ)   (H.9)
  v– = k–θ   (H.10)

 

 ここで、p は気体の平衡圧、θ は吸着しているサイトの割合、k+、k–はそれぞれの速度定数である。平衡状態では、

 

  v+ = v–   (H.11)

 

 であるから、

 

  θ = (k+/k–)p/[1 + (k+/k–)p]]   (H.12)

 

 平衡圧pのときの吸着量をA、飽和吸着量をAmとすると、θの定義から

 

  θ = A/Am   (H.13)

 

 である。k+/k– = aとおくと、式(H.12)、式(H.13)から式(H.8)が得られる。
 速度定数に関するArrheniusの式

 

  k = B exp[-E/(RT)]   (H.14)
  B:頻度因子、E:活性化エネルギー

 

 この式を用いると、

 

  a = k+/k– = (B+/B–)exp[-(E+ – E–)/(RT)] = (B+/B–)exp[-ΔHa/(RT)]   (H.15)

 

 ここで、E+ – E– = ΔHa(吸着熱)の関係を使った(図H.3、参照)。すなわち、a は吸着熱に対応する量である。Langmuirの式には

 質(吸着の強さ-吸着熱)と量(飽和吸着量)に関する定数が入っている。
 Langmuirの式(H.8)を変形すると、

 

  p/A = 1/(aAm) + p/Am   (H.16)

 

 図H.4に示す p/A-pの直線関係の成立からLangmuirの式の適用が確かめられ、その勾配と縦軸の切片から定数 a、Amが求められる。

 この図をLangmuir プロットともいう。


(B) Freundlichの吸着等温式
 吸着量A、平衡濃度 c とすると、Freundlichの吸着式は

 

  A = kc1/n   (H.17)
  k、n:定数

 

 と表される。この式は実験式であって、定数の物理的意味ははっきりしない。吸着媒が活性炭、シリカゲルのように多孔質の場合にあて

 はまる。これら吸着媒は表面構造が複雑で、多種のサイトがあると考えられる。それぞれのサイトについて、異なるLangmuirの式が成

 立し、それらの和が式(H.17)になると解釈できる。この式は実験データを整理するのに便利である。

図H.3 吸着速度過程におけるエネルギー関係.jpg

図H.3 吸着速度過程におけるエネルギー関係
E+:吸着の活性化エネルギー、E–:脱着の活性化エネルギー、Ha:吸着熱

図H.4 Langmuirの吸着式のパラメータ(a、Am)の決定.jpg

図H.4 Langmuirの吸着式のパラメータ(a、Am)の決定

 

4.溶液の吸着
 気体吸着に比較して溶液吸着のほうがやや複雑である。それは溶媒の存在による。溶液吸着では、溶質-吸着媒の相互作用のほかに、次

 のスキームのような三つどもえの相互作用がある。

図H.4 溶液の吸着.jpg

 溶質をよく溶かす溶媒は溶質の吸着を阻害し、吸着媒に親和性のある溶媒は溶質の吸着を阻害する。図H.5に例を示す。図の3本の吸着等

 温線は3つの脂肪酸同族体の吸着を定性的に示したものである。溶質の親水性が酢酸 CH3COOH>プロピオン酸 C2H5COOH>酪酸

 C3H7COOHであることを考えると、親水、疎水の親和性から曲線の上下の順序は理解できる。

図H.5 吸着等温線への溶媒効果(相対量での比較).jpg

図H.5 吸着等温線への溶媒効果(相対量での比較)
(a) 水-活性炭系、(b) トルエン-シリカゲル系
C1:酢酸、C2:プロピオン酸、C3:酪酸

 

5.高分子の吸着
 溶質としての高分子(樹脂などのオリゴマーを含む)の吸着は低分子の場合に比べて特異的である。高分子の吸着は次のような特性を持

 っている。
 

 (1)吸着速度が遅い。低分子では、掻き混ぜていると1~2 時間以内には吸着平衡に達するが、高分子では数時間以上を要し、1 昼夜かか

   ることもある。
 (2)吸着形態がいくつか存在する。図H.6に代表的な3つの例をあげた。
 (3)不可逆吸着を示す場合が多い。図H.6の(a) 水平型、(c) ループ型の場合がそうである。
 (4)吸着等温線はおおむねLangmuir型である。これは分子が大きいため、吸着媒からの力の場が2 分子以上には及ばないためである。

 

 吸着形態が図H.6の3つの型のいずれになるかを実験的に決めるには次式による。

 

  Am = KMα   (H.18)
  Am:飽和吸着量;M:分子量; K、α:定数

 

 高分子を分子量分別してMの異なる試料を調製し、吸着実験によりAmを求め、log Amとlog Mとのプロットよりαを決める。α = 0 な

 らば水平型、α = 1 ならば垂直型、0<α<1ならばループ型である。
 ポリ酢酸ビニルのベンゼン溶液からガラス球への吸着では、分子量105~106の範囲でα = 0 である(水平型吸着)。エチレン・酢酸ビニル

 共重合体のベンゼン溶液からガラス球への吸着では、分子量11万~31万の範囲でα = 1/3 である(ループ吸着) [Mizuhara et al., 1969,

 1970]。
 高分子吸着の溶媒依存性は、良溶媒ほど吸着量が減少する。これは上記の4.溶液の吸着で述べたことと同様である。高分子の粒子系へ

 の作用にについたは、次の解説(J)で詳しく解説する。

図H.6 高分子の3つの吸着形態.jpg

図H.6 高分子の3つの吸着形態
(a) 水平型(train)、(b) 垂直型(tail)、(c) ループ型(loop)

解説(J) 高分子吸着と分散・凝集

微粒子分散系の分散・凝集に及ぼす効果には静電気的効果(Ⅰ.3 疎水コロイドの分散と凝集、Ⅱ.解説(B) 疎水性2粒子系の相互作用)のほかに、非電気的効果がある。高分子物質が粒子に吸着する際、ある厚さを持って粒子を被覆するので、吸着した高分子は吸着層を形成している。
高分子が非電解質ならば非電気的な層を作り、高分子電解質ならば電荷を帯びた層を作る。ここでは簡単のため、高分子非電解質を扱う。非イオン界面活性剤が吸着した場合も、効果は比較的小さいが同様に論じられる。

 

1.高分子吸着層の特性
 解説(H) 5.高分子の吸着で、高分子の吸着形態(図H.5)について簡単に触れた。分散・凝集で問題になるのは不可逆吸着で、しかも

 ある厚さを持つ必要があるので、ループ型吸着が対象となる。
 ループ型吸着の場合、図 J.1のようなスキームが描かれ、それぞれの部に、トレイン(train)、ループ(loop)、テール(tail)の名が

 付けられている。吸着層の厚さδという量がしばしば用いられる。テールの長さは揺らいでいて一定ではないが、統計的な値または測定さ

 れる値としてのδである。厚さを求める方法はいくつかあるが、現在信頼できる測定法は、動的光散乱法で粒子半径Rを求め、裸の粒子の

 半径 aとの差δ = R – a とする方法である。
 吸着の被覆率という表現が使われる。吸着高分子が粒子表面をどの程度被覆しているかという意味で、吸着層の疎密を表している。定量

 的には Langmuir型の吸着等温線 [図H.1 (a)]が飽和値に達したところが被覆率 ’1’で完全被覆、それ以下の吸着量のところは飽和値との

 比で被覆率が表される。

図 J.1 粒子表面への吸着高分子のモデル図.jpg

図 J.1 粒子表面への吸着高分子のモデル図

2.吸着層の分散・凝集作用
 吸着層の存在が粒子の分散・凝集に及ぼす効果は、吸着層が「疎か」「密か」によって非常に異なる。高分子濃度が低いときは吸着量も

 少なく、吸着層は疎である[図 J.2(a)]。疎な吸着層を持つ2粒子が接近すると、一方の吸着層のテールが他の粒子の吸着層の空いている

 部分に吸着し、2つの粒子を凝集させることになる[図 J.2(b)]。1個の高分子が2つの粒子の間に橋かけをして起きる凝集なので橋かけ凝

 集ともいう。橋かけ凝集は高分子の分子量の大きいものほど、また、分子鎖がよく拡がっている溶媒中(良溶媒系:高分子がよく溶解

 し、熱運動により、その分子鎖が自由に拡がることができる溶媒系)ほど起こりやすい。

図 J.2 粗な吸着高分子による粒子間の橋かけ凝集のモデル図.jpg

図 J.2 粗な吸着高分子による粒子間の橋かけ凝集のモデル図
(a):粒子表面への粗な高分子吸着、(b):吸着高分子の橋かけによる粒子の凝集

 高分子濃度が高くなるにつれて吸着量が増し、吸着層が密になっていくので、橋かけ凝集は起こりにくくなる。被覆度が ’1 ’に近い密な

 吸着層を持つ2粒子が接近するときは、電気二重層を持つ2粒子の接近するときに類似している。吸着層の場合は吸着高分子をセグメント

 (運動単位)に分けて考えるとよい。すなわち、吸着層が接触し、さらに、その層が重なり始めると、重なり部分におけるセグメント濃

 度が増す。セグメント濃度の増加は浸透圧の増加となり、自由エネルギー増加を引き起こし、反発作用を起こす(図 J.3)。密な吸着屑

 の存在は粒子に対して分散作用を及ぼすこととなる。
 以上述べてきた高分子濃度による凝集作用と分散作用を安定度比との関係から図示すると図 J.4のようになる。高分子は濃度co以下では

 凝集剤、co以上では分散剤として慟くことになる。高分子量で、良溶媒ほどco以下では効果的な凝集剤であり、co以上ではよい分散剤

 となる。水処理剤として汚濁水中の微細な分散物質を凝集させるのに使用される高分子凝集剤にはポリアミドの分子量数百万に及ぶもの

 がある。
 凝集分散作用をする高分子の例として、ポリスチレンラテックスに対するポリエチレンオキサイド(PEO)があげられる。PEOの分子量

 が900万と大きいものでは、濃度とともに図 J.4に示されるような典型的な凝集→分散の作用が観察されている。曲線の極小(凝集効果

 最大)の濃度c1は0.9mg/L、転換点coは1.4 mg/Lであることが測定された。低分子量6万のPEOでは吸着層の厚さが小さいためか分散

 作用はほとんど見られなかった [Ash & Clayfield, 1976]。

図 J.3 密な高分子吸着層による反発作用のモデル図.jpg

図 J.3 密な高分子吸着層による反発作用のモデル図
(a):粒子を覆う密な高分子吸着層、(b):粒子接近での高分子吸着層の重なりによる反発作用

図 J.4 高分子濃度と凝集・分散作用の関係.jpg

図 J.4 高分子濃度と凝集・分散作用の関係
W:安定度比、Wo:高分子濃度 ’0’におけるW、
W<Wo:凝集、W>Wo:分散

 吸着層が密のときの高分子の作用を、ポテンシャル曲線で定性的に説明する。吸着層間の反発作用は吸着層の厚さδの2倍のあたりから生

 じ、吸着層の重なりに対応して反発作用は増加していく(図 J.5の曲線VR)。したがって、全ポテンシャルエネルギー V は

 

  V = VR + VA   (J.1)

 

 となるが、これを図 J.5に示した。図に見られるように、VAは遠くまで及ぶので、必ずVminの負の谷が生じる。しかし、Vmin ~ kTな

 らば粒子は十分に分散している。2δが小さいときは、Vminの谷が深くなってしまう。Vminを浅くして分散作用をする条件は、厚くて密

 な吸着層の形成である。これには吸着高分子の分子量を大にすること、吸着量を大きくすること、高分子が溶媒中でよく拡がること(良溶

 媒を選ぶこと)が条件となる。
 

<説 明>
 VRは次のように解析的な式で表されている[Ottewill, 1968]。δ>h/2のとき、

 

  VR = 4πkTca2/(3v1・ρ22)・(φ1 – κ1)(δ – 2/h)2(3a + 2δ + h/2)   (J.2)

 

 ただし、δ/2のときは相互作用が起きないので、VR = 0 。
 ここで,caは吸着層内の高分子濃度(吸着量とδから計算できる)、v1は溶媒の分子体積、ρ2は高分子の密度、φ1 – κ1は高分子と溶媒

 の相互作用を表すパラメータ(粘度から求められる)、h は2粒子の最短表面間距離、a は粒子半径である。
 良溶媒系ではφ1 – g1>0であるから、VR>0となり、反発作用が起きる。

図 J.5 吸着層を有する2粒子系のポテンシャルエネルギー曲線を示す一例.jpg

図 J.5 吸着層を有する2粒子系のポテンシャルエネルギー曲線を示す一例

3.枯渇効果
 粒子が非吸着性高分子溶液中にあるときを考える。溶液中での高分子の拡がりの平均直径をDとする。2粒子の最短表面間距離を hとする

 とき、D<hのときは高分子は粒子間にも存在できる[図 J.6(a)]。しかし、粒子が接近してD>hとなると、粒子間には高分子は存在でき

 なくなり、この部分では高分子は枯渇する[図 J.6(b)]。このとき粒子の周りは高分子溶液、粒子間は溶媒のみとなるので、周りの浸透圧

 が働いて粒子は周りから押されて(図J.6(b)に示す → の方向)、弱い凝集をする。これを枯渇凝集といい、朝倉・大沢により1954年に

 見出された現象である。
 吸着性高分子の場合、濃度増加により密な吸着層を作り、粒子に対して分散作用をすることは前節で述べた。さらに高分子濃度を増加さ

 せるとどうなるか。吸着が飽和に達し、もはや吸着できなくなった高分子は、ちょうど非吸着性高分子と同様な挙動をして枯渇凝集が起

 きる。さらに高分子濃度を高くすると、枯渇領域が生じにくくなって枯渇凝集しにくくなり、再分散するようになる。
 枯渇凝集は高分子の拡がりが関係するので、枯渇凝集の始まる高分子濃度は高分子の分子量、高分子と溶媒との相互作用(溶解性)に依

 存する。また、粒子濃度が大きいと低い高分子濃度で枯渇凝集が起きる。
 実験的には、分散系の粘度測定から枯渇凝集の生起や再分散の発生を知ることができる。たとえば、15%のポリスチレンラテックスに対

 し、吸着性のヒドロキシプロピルセルロース(分子量90万)の0.4%で、枯渇凝集による粘度の急増がみられたいる。この粘度変化はずり

 速度1 s-1の弱いずり力の場合に観測されたのに対し、100 s-1の大きいずり速度では観測できなかった[Nashima & Furusawa,

 1988]。

図 J.6 枯渇凝集の原理を示す模式図.jpg

図 J.6 枯渇凝集の原理を示す模式図

4.吸着層と電気二重層の共存効果
 これまで吸着層の作用を述べたが、電気二重層の作用は無視してきた。しかし、水系の分散・凝集を調べるにあたっては、電気二重層の

 作用を無視することはできない。ヘテロ凝集の特別の場合を除き、電気二重層の作用は反発であった。そこで、前述した本章2.吸着層

 の分散・凝集作用で述べた橋かけ凝集と電気二重刷の反発作用との共存の効果について、少し詳しく説明する。
 橋かけ凝集が起きるためには、吸着が疎であって、図 J.7(a)に示すように吸着高分子の拡がりδが粒子間距離 hを越える必要がある(δ>

 h)。しかし、電気二重層の拡がりの2倍(2/κ)がδを越すと(2/κ>δ)、橋かけができなくなる[図 J.7(b)]。δ(二重層の厚さ)は拡散

 的で一定値ではないので、上記の条件は定性的なものではあるが、次のことが言える。塩濃度を減らすと二重層が拡がって高分子の橋か

 け凝集は起きにくくなる。
 上記の結論は実験的に確かめられている。たとえば KCl 10 mol/L水溶液中で、ポリビニルアルコールを飽和吸着させたAgI コロイド

 に、裸の(未吸着の)AgI コロイドを加えると凝集が起きることが観測された。これは橋かけ凝集である。しかしKCl濃度を2 mol/Lと低

 くした溶液中で同じ実験をしたところ凝集は起きなかった。これは二重層が拡がり、図 J.7(b)に示す状況が生じたためである[Fleer &

 Lyklema, 1974, 1976]。

図 J.7 電気二重層と吸着層の共存効果のモデル図.jpg

図 J.7 電気二重層と吸着層の共存効果のモデル図
(a):橋かけ凝集が起こる(δ>2/κ、δ>h)、(b):橋かけ凝集が起こらない(δ<2/κ)

参考文献

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